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Knight and Mist第七章-8 それでも囚われの身
「ダメだ、見つからない……」
がっくりしてハルカは言った。
実験室のような部屋で。中央には手術台のようなもの。明かりは魔導の灯りだけ。ループする部屋から脱出しようと、ハルカは出口を探して棚や壁を調べていた。
次第に額に冷たい汗が流れ始める。
視線を移せば足下には死体が転がっている。
ここから出られなければ、自分も死ぬのだ。このひとたちのように、誰にも知られることもなくーー
ざわざわとした恐怖感が襲ってくる。
出る方法が全く分からない。助けも望めない。
セシルは異端審問なんとかとかいうところに捕まっているようだし、イーディスも地下牢にいる。
(誰も助けは来ない……)
アザナルは今頃自分のことを探しているのだろうか、ハルカはふと思った。
彼女が馬車を手配しているあいだにハルカとイーディスは拉致されてしまったわけだがーー
(ダメダメ)
ハルカは首を振った。
(誰かをアテにしててもどうしようもない。とにかくここからは自分の力で出なくちゃ。でも、どうやったらいいの?)
ハルカは途方に暮れ、暗いトンネルを見つめた。
手には剣がある。だが、それで道が作れるわけではない。
(いや、作るんだ)
人に助けられてばかりの情けない自分でいたくはない。自分でちゃんと脱出して、ハルカがみんなを助けるんだ。
そんなことを考えていたときだった。
「問おう。キミは何者なのか?」
突然、トンネルの中から声が響いた。
本棚を検分していたハルカはギョッとして振り向いた。
この空間には誰も訪れないものと思い込んでいた。
頭を駆け巡るのは、敵か? 味方か? という思考ばかり。そんな思考は上滑りしてただ硬直して足音のほうを見る。
そこにはカツンカツン、と靴音を響かせて歩いてくる男がいた。
ーー何かが違う……
ハルカにも一瞬でわかる違和感。
男の周囲の空間が歪んで見える。
その男は聖職者の格好をして、薄ら笑いを顔に浮かべていた。
「魔族……?」
本能的に危険を感じ、剣を向けるハルカ。
男は苦笑して首を張った。
「私を魔族だと言うキミは勇者ごっこか。私は力を得た。私とキミは同じものだ、招かれざる客だよ」
「………………」
無言で睨み返す。どんなやつであれ、ここに現れる時点で敵である可能性が高い。
それを鼻で笑うようにして神父服の男は肩をすくめた。
「やれやれ、ずいぶんと私も警戒されたものだ。私の名前は深峰戒。深い峰に戒律の戒、だ。同じ邦の者に会うとは、なんと感慨深いことか」
ん? ハルカはあらためてその男を見た。
「同じ国ーーってことは、あなた、日本人なの!?」
茶色がかった髪に茶色い目。年齢は不詳だ。だいたい三十代なかば、といったところだろうか。
日本人にしては背が高い方だが、言われてみればこの世界の人とはどことなく顔立ちが違う。日本人の顔立ちだった。
「キミは名乗らないのか? 私はそれでも一向にかまわないが」
ハルカは露骨に顔をしかめた。
「突然現れた不審者にベラベラと身の上話をするとでも? それよりどうやってここに入ったのよ」
ハルカがつっけんどんに言うものの、神父服の男ーーカイは聞いていないようで、ひとしきり頷いている。
「フッ。私としても、この選ばれし仲間が、同邦だからと信頼を寄せるような阿呆ではないと分かって悦ばしいことだ」
「だからどうやってこんなところに入ったのかって聞いてるの。あなたは何? 神父か何か?」
男はククク、と愉快そうに嗤った。
「私が聖職者に見えるというのかね。この私が」
「ううん、見えない」
「ーー即答されるのもいかがなものかと我ながら思うが……まあ、いい。私はキミにこの世界のルールを教えにきたんだよ」
「はあ……?」
言っていることの意味がわからず、首をかしげ生返事をするハルカ。
男は嗤いを抑え咳払いしたあと、光のない目でハルカを見た。
「私は魔族だよ、人間のお嬢さん」
「魔族お断り。ノーモア魔族」
くるりと回れ右。こういうのは見なかったことに決め込むにかぎる。
ハルカは再び出口探しに戻った。
この反応は予想外だったらしい。
「待て待て待て。何もなかったかのように無視されると私としてもちょっと傷つくのだが……」
「知ったことか! ノーモア魔族! これ以上ややこしいのお断り!」
「そうは言っても、キミも私もコトの中心にいるのだ。ややこしいのは必然のこと。他をあたるというのなら、私は姿を消すが」
「…………」
ハルカは棚を探る手を止めて、深峰戒とやらを見つめた。つま先から頭のてっぺんまでジロジロと見つめてーー盛大にため息をついた。
「で、あなたは何なわけ? 日本人なのになんでここにいるの?」
「この世界は実に興味深い。魔導士を擁する大国が大陸の大半を支配し、西側では戦乱が起き、帝国が科学力を背景に南下しこの大国を脅かしはじめている。西から来たお前なら分かるだろう?」
エルフの森での戦いで《死神》の連れていた鉄砲隊を思い出すハルカ。イーディスはちょうど戦乱が起きているところの人で、レティシアやリルさんはその境界あたりに住んでいた。
(レティシア、はぐれたままだけど元気かな……)
セシルが無事なのだからレティシアもどこかで無事なのだろう。
気を取り直して、目の前の自称魔族に集中する。
「それで、それがどうしたっていうの?」
「帝国の科学というやつをキミは見たか? あれはスチームパンクというやつだ。私の趣味ではないのだが、キミのかね?」
眉をひそめたまま、首を横に振るハルカ。実は西側のことや帝国のことは何も知らないのだ。
男はうやうやしく頷いた。
「私とキミ以外にも世界を創った人間がいるということだな」
「てことは、あなたも……世界を創った、わけ?」
「そうと言えるのか、それは分からない。だがそれは今重要なことではない。キミの持つ剣。それは私がかつて創ったものだ」
「えっ、まさか、これ取りに来たの?」
「正確にはそのレプリカを、だ。私はグラフィックデザイナーをしていたことがあってね。他愛も無い遊びでそれを創った。それが息をしているのを見に来たのだよ。どうだ、少しは興味を持ったか?」
「…………」
ハルカは無言のまま手元の剣ーー《鷲獅子心の剣》を見つめ、それから男を見つめたのだった。
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