Knight and Mist第十章-4露天風呂とデザート
「はい、どうぞ。限定ジェラートとソルベとあとジュース。あとフルーツ盛りだくさんプレートはここに置いておきますから適当につまんでください」
何やら名前から豪華そうなものを次々手渡され、セシルが露天風呂に入ってきた。すでに露天風呂に浸かっていたハルカの横に座り、セシルは伸びをする。
ハルカはその横でジェラートを頬張る。温泉に入りながらのジェラートは格別である。溶けて口の中に残るフルーツの味。まさに至高。
だがーー
「で、そもそも、どういう経緯で露天風呂の魅力に気づいたの? てかこういうところ好きなの?」
セシルは死にかけて『今の時期の露天風呂はいい』と悟ったらしい。絶対におかしい。人によっては死ぬ間際に露天風呂の魅力に気づく人もいるのかもしれないが、セシルに限ってそれはありえない。なんで露天風呂に拉致ってこられたのか。甘いもので誤魔化そうとも無駄である。ハルカは尋ねた。
セシルはグラスをグイッとかたむけ、あっさり首を横に振った。
「どちらかと言えば嫌いなほうです。こういう空間」
ちょっと肩透かしをくらった気分で、
「豪華で、楽しくて、広くて、リラックスできる空間?」
聞き返すハルカ。頷くセシル。
「じゃあセシルは、質素で、退屈で、狭くて、ストレスが溜まるような空間が好きなわけ?」
「そんなところ誰が好きなんですか。僕が好きなのは、ジメジメしてて、狭くて、安心できる場所です」
「だいたい一緒じゃない」
「大違いです」
胸を張るセシルに呆れるハルカ。
「死に際に露天風呂浸かりたかったの?」
まだ腑に落ちずに尋ねるハルカ。セシルは岸辺に寄りかかり、頬杖をついた。それからハルカのほうを見つめーー
「………………」
セシルは手を伸ばし、ハルカの髪に触れた。
「……まあたしかにここは天国みたいなとこかもしれませんね」
ややあって、ひとりごちるように言うセシル。ハルカにはなんのことだか分からない。ハルカも頬杖をついた。
「まあ、無事でよかった」
それからオーセンティックのことを尋ねようかと考えたが、今日だけは政治の話はやめとこうとハルカは口をつぐんだ。すると、セシルが思い出したかのように、
「そうそう、今回のはなかなかに僕的にもピンチでしたね。さすがに死んだかと思いました。でも慣れてるので心配しないでくださいね」
「慣れてることのほうがよっぽどまずいでしょ。でもやっぱり、王都だとよそと違うね。治療とか、技術が高いというか」
「まあ、その点に関しては間違いないですね。じゃなきゃ僕は十年前に死んでますね。あはは」
「いやあははじゃなくて」
それからセシルがハルカのことをマジマジと見つめ、
「今、幸せですか?」
ハルカは首を傾げた。変な質問だ。
「セシルも助かったし、温泉気持ちいいし、食べ物も美味しいし。今現在のことだけを言えば、何も文句は言えないわね」
言うと、セシルが微笑んだ。
ドキッとするハルカ。
なにせあの胡散臭い笑顔ではなく、本当に嬉しそうに笑ったからだ。同時にあたたかな感情が流れ込んできた。
ハルカはドギマギをおさえ、気付かなかったフリをして、背中を向けた。
「あー、ソルベが溶けちゃう! はやく食べちゃわなきゃ」
と、セシルは笑って自分のぶんもハルカに差し出した。しばらくもくもくとソルベに集中していると、肩にかかる髪にセシルが触れた。
「ーーーーーー」
「ーーーーーー」
沈黙がおりる。ハルカの頭のなかはハテナでいっぱいだ。セシルは何のつもりなの?
すると後ろから、
「クックックッ……」
笑いを噛み殺す声が聞こえた。珍しい。セシルが肩を震わせ素笑いしている。
「な、なにがおかしいのよ!?」
「いえ」
それから考えるように宙を仰いだ。
「筒抜けなんですよ、だから」
「筒抜けって、何が?」
「………………」
セシルは優しく見つめるだけで言わない。まさか、とハルカは思った。
「"絆"ーーーー筒抜けって、そういうこと!?」
「クックックッ……あっ痛い傷が開く!」
セシルがまた笑い、よほど力んだのかそれから悲鳴をあげた。
「えっ、ちょっ、誰か呼んでくる!?」
「うそうそ。大丈夫ですよ」
クスクス笑いながら言う。
「ようやく気づきましたか。一方通行でなくて安心です」
「な、なんで一方通行じゃないって分かるの!?」
再び頬杖をつき、真顔で、
「そりゃ顔見たら分かります。僕を誰だと思ってるんですか」
「へんなひと」
ニヤニヤするセシル。本当に変だ。
それからハルカは思い出した。セシルを異端審問院から救出する前に、次会ったら彼のことをちゃんと聞こうと思ったのだ。ちゃんと向き合おうと。なんだかんだでなあなあでここまできていたのだった。
「その、"絆"ってやつがあったとして、言葉にしないと何も分からないから、何なのか聞かせて欲しいんだけど……」
「うーん、そうですね、あっ、そうそう」
セシルも何か思い出したようで、ハルカのほうへ寄ってきて、頬を両手ではさんだ。
「なにひてるんでふか」
ハルカが聞く。セシルは考えるようにしたあと、
「僕はね、ハルカの知っている人間とは別人だと思うんですよ」
これには頷くハルカ。
「あなたはたぶんーーこの世界の一部を受信したか、覗いたかしただけで、あなたの創作は創作であり、オリジナルはオリジナルとして全然別の意思を持っています。現にあなたは僕が何を考えているのか見当もつかないでしょう」
うなずく。
「つまりセシルは、今目の前にいるセシルは、私が『創った』わけじゃないのね」
頷くセシル。
「霧のことも分からないんでしょう。帝国のことも、エルフのことも知らない」
「霧って《魔霧》のこと? たしかに何も知らない」
「しかしあなたがこの世界において特異な存在であることはたしかです。あなたの周りは空間が歪んでいますから。遠くから検知可能なので、そこは対処しましょう。今回のことみたいにならないように」
今回のことーーイスカゼーレに攫われてブラックサイトでゾンビにされそうになったことだ。
「私を危険視してる人がいるってことよね」
「タイミングが悪いですね。《魔霧》と似ているので、あなたが元凶か、少なくとも関わりがあると思われても仕方ありません」
「それはそうよね……って、そろそろ手を離してくれない?」
セシルは一瞬眉間に皺を寄せたあと、頬をはさむのをやめた。少し考えるようにしたあと、
「とにかく僕はあなたの創作物ではありませんから」
「分かった。この国も、アザナルたちも、全部、私が創ったわけじゃないーー分かった」
認めるのは勇気が要ったが、ハルカは頷いた。セシルは赤の他人でまったく知らない人、そういうことだ。
「だから、驚かないでくださいね」
「何を?」
セシルはニッコリして言った。
「これから起こること」
そしてセシルは、ハルカの頬を愛おしげに撫でたあと、腕を背中にまわした。
何が起きるのかドギマギしていると、セシルがフッと顔を上げた。
「無粋ですよ、アザナルさん」
「なによ、見ないフリして通ろうとしただけでしょ!」
イスカゼーレの姫、アザナルが露天風呂の入り口のところに立っていたのだった。
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