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自己肯定感に「うるせー!」

去年あたりまで僕はいわゆる『意識高い系の人』だった。
ビジネス書や自己啓発本を読み漁り、Twitterではポジティブで有益なことをつぶやき、「うおおお、自己肯定感!自己肯定感!オッスオラ人生を豊かにするマン!」とフガフガと鼻息を荒くしていた。

その時期のツイートはこんな感じだ。


……おおお、なんかよくわからないけど良いことっぽいこと言っている……。

こういった、”なんかそれっぽい”ことを頻繁にツイートしていた。今思えば別に誰かを元気付けたいわけでもなく、単にインプレッションが欲しかっただけだと思う。善人ヅラして自分の利益を求めていただけだ。全くタチが悪い。

いいねがちょっと多いのは、当時の僕が”そういうクラスタ”にいたからです。みんな善のツイートはするけど、結局はインプとフォロワーが欲しいだけという、なんとも業の深いクラスタだ。


Twitterコンサルを名乗るアカウントが大量に現れ、『3ヶ月で◯万人フォロワーまで増やせるノウハウ!』みたいな有料の虚無noteがバカ売れてしていた時代。

そのクラスタでは誰もが自己肯定感が高いツイートをしていた。そうでなければ人がついてこないからだ。高みにいないと見上げてくれないからだ。欲しいのは共感よりも尊敬、尊敬よりいいね数、そしてフォロワー数なのだ。

そんな虚無クラスタの中で、僕も有益(っぽい)ツイートを毎日ブチかまし、虚無空間の構成に一役買っていた。


だけど、人間の心身には調子の良し悪しがあり、波があり、バイオリズムがあるのだ。「よっしゃ!今日もかましたるか!」という日があれば「アカン、バナナの皮を剥くのもしんどい」という日もある。

調子の悪い日には、前向きな言葉はなかなか出てこない。そんな日は「いやー、今日はダルいっすわ〜」とでもつぶやけばいいんだけど、アカウントのブランディングをする上でそれはできない。

だから、無理やり言葉を捻り出す。もしくはストックしておいた言葉を掘り起こす。否定的ではなく肯定的な言葉。なるべく前向きな、この人すごいなと思われるような。

でも無理やり捻り出した言葉は本心じゃなく、ストックしておいた言葉は今の気持ちのものじゃない。作り物だ。ただの虚勢以外の何者でもない。


ここでハッとした。
今まで「ハッとした。」で始まる虚無ツイート(「炎上覚悟です。」で始まるツイートと同類項)を何百と見ても全くハッとしない僕だったが、自分が虚無空間にいること、そして自分も虚無の存在であることにハッとした。

ああ、嘘なんだ。いや、全部がそうとは言わないけど、みんな毎日毎日自己肯定感が高いわけじゃない。フリをしているだけだ。営業スマイルならぬ、営業自己肯定感なんだ。

この人は毎日ポジティブなツイートをしてすごいなあ、と思っていたけど、よくよく考えたらそんなわけはないのだ。僕がやっていたことと同じで、ただのブランディングなのだ。クラスタのほぼ全員が、貼り付けた営業スマイルで営業トークをし合ってるだけだったのだ。

それに気づいたとき、そのクラスタにおけるいいねやRTが名刺の数のように見えてしまい、一気に冷めてしまった。


自己肯定感なんてものは、ありのままの自分が認められたときしか上がらないのだ。完璧に作りあげた営業スマイルを「素敵な笑顔ですね」と褒められるより、ボーッと呆けている顔を「味があるね」と評された方がはるかに嬉しいものだ。

そもそも自己肯定感は高くないといけないというのがおかしいのだ。自己肯定感が高いから尊敬されたり共感されるわけじゃない。本心・本音をあけすけにさらけ出せるかどうか、それだけだと思う。

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