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先ゆく夏。

6月が去り、この街のお祭月になる。
街の中心を貫くアーケードに、コンコンチキチン、という金属楽器と笛の混じったBGMが流れはじめる。

「山」や「鉾」と呼ばれる山車を所有する町内は、年に一度の大舞台に向けて、その準備に追われる。
山鉾が街を巡る日の三日ほど前から、封鎖された通りに出店と人が溢れ、おそらく一年で最も賑わい華やかな数日。
巡行は昔、郷里の友人が訪ねてきた際、一度だけ観に行ったことがある。
人の波に押され流され、正直なところあまりよく覚えていない。

細部に緻密な装飾や工芸技術が盛り込まれた山鉾そのものは興味深いけれど、この街の夏に於いて、そうそう気軽に訪れたいイベントとは言い難く。
なにしろ盆地の熱気と人人人の渦。
浮き足立った街を遠巻きに眺めながら、いつもどおりを決め込む。

チリチリと肌が焦げるような尋常ではない暑さが、体力も気力もさらっていく夏。
今年も何ごともなく、夏を越えられるだろうか。
祭どころか週末の買い出しでさえ、命がけの時代になってしまった。
お囃子の音を耳に残しながら、心の中で身構える。

通り過ぎた家の中から、蚊取り線香の匂いが漂う。
すれ違う稽古帰りの舞妓さんは白い綿浴衣。
夏のはじまりにひとり出遅れたような気がして、店先に積まれたラムネの瓶を手に取った。


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