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【日本神話③】天の岩戸 飛んで北信州

 八百万の神々がアマテラスを岩戸から引っ張り出す際、タヂカラオが投げた岩の扉は飛びに飛んで北信州の山奥に落ちたそうです。そこに鎮座するのが、タヂカラオを祀る戸隠神社。さすがは信州。緑豊かな山奥に荘厳な雰囲気が漂っていました。

長野県長野市の戸隠神社へ至る地図。五社巡りが定番ルート(2016年8月11日撮影)

 戸隠神社は長野県長野市の戸隠山中にあります。私は車で、中社と奥社へ行きました。JR長野駅からはバスが出ていると思います。麓からゆっくり時間をかけ、登山しながら歩くのもいいのかもしれませんね。

戸隠神社・中社の大鳥居(同日撮影)

 戸隠神社は奥社(天手力男神=アメノタヂカラオノカミ)、中社(天八意思兼命=アメノヤゴコロオモイカネノミコト)、宝光社(天表春命=アメノウワハルノミコト)、火之御子社(天鈿女命=アメノウズメノミコト)、九頭竜社(水と豊作の竜の神様)をそれぞれ祀る五社があります。

中社の社殿(同日撮影)

 では、なぜ信州の山奥にタヂカラオの神社があるのか?岩が本当に高天原から飛んできたから?神話も何かしらの史実を反映している可能性がありますが、神社に伝わる話では、タヂカラオの子孫が後世、ここに落ち着いたからといわれています。天皇家に仕えた古代豪族の一派が都から集団で移ってきたのでしょうか?反対に、ここ出身の豪族が都に上京して活躍、出世したのでしょうか?

奥社、九頭竜社へと続く約500m杉林の参道と印象的な赤門(2011年8月14日撮影)

 奥社へと続く大きな杉林の参道は人気スポットのようで、観光パンフレットなど、宣伝表紙にもよく使われるそうです。ものすごい大きな樹齢400年超と言われるクマスギが林立。生命力というか雄大な自然の力を感じますね。パワースポットのようにご利益がありそうです。真夏ですが、カラッとしていて気持ちがよかったです。

最奥部にある戸隠神社奥社。常に大勢の参拝客が列をつくっています(同日撮影)

 パワースポットブームが徐々に広がってきた頃で、それも手伝ってか奥社に到着すると、神社へ長い列ができていました。すいすいと列は進んでいきますが、混雑のせいもあってか社殿の前で写真を撮り忘れていました・・・。

戸隠名物の戸隠そば。信州そばの代名詞(2016年8月11日撮影)

 忘れてはいけないのが、名物の戸隠そば。神社の周辺に名店がいくつかあります。コシと風味のよい信州そばの代名詞ですね。お店はどこも混雑していて、名前を書いて30分ほど待ってから入店しました。30分程度なら早い方です。お店の駐車場も限りがあるので、来店のタイミングは大事ですね。

忍者村の忍術屋敷。迷路と仕掛けで入場者を惑わす「からくり屋敷」(2016年8月31日撮影)

 ついでに紹介しますが、中社の脇からさらに車で奥へ進むと、「戸隠高原・忍者の里チビッ子忍者村」という遊興施設があります。からくり屋敷や水上渡り、手裏剣や吹き矢の的当てなど沢山のアトラクションを完備した、子どもから大人まで楽しめる施設です。駐車場あり。

忍者村の資料館。武器や忍者道具などを多数展示している(同日撮影)
近代の歴史漫画から古文書までもが並ぶ資料館(同日撮影)
資料館に展示されている全国各地の忍術流派と一族を説明した資料(同日撮影)

 戸隠山と忍者の関係では、真田信繁(幸村)に付き従った「真田十勇士」の筆頭格、猿飛佐助が学んだ忍術が戸隠流とのことです。どこまで史実かは不明ですが、「戸隠流忍術」の存在は確かなようです。そんな資料館も、施設の中にありました。

 戸隠山は日本神話から始まり、古代~中世にかけて修験道の霊山としても、知られています。人里離れた修行の地と秘伝の術。忍者の里としてもふさわしいところなのかもしれませんね。

忍者飯「忍者バーガー」。手裏剣と火薬玉を連想させる黒い生地の忍者飯(同日撮影)

 施設内で遊んだうち、私はけっこう手裏剣のセンスがあるのかも?なんて思いましたね。手裏剣は腕を真上から振りかぶる「縦投げ」なんですね。横ではない。ましてや両手をすり合わせるわけもない。そして、刃は鋭いですね。普通に痛いです。吹き矢は初心者でも簡単ですね。からくり忍者屋敷も面白かった。あれは何度も入りたくなります。童心に返ってはしゃいでしまいました。いい思い出です。涼しくて気持ちの良い神社、忍者アクティビティも充実の戸隠山は信州の中でも、おすすめですよ。

戸隠神社・中社とチビッ子忍者村↓


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