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彩瀬まるさん「ひと匙のはばたき」が心に残ってこんなバーに行きたいと思った

彩瀬まる先生の「まだ温かい鍋を抱いておやすみ」という短編集から、1話目に収められている「ひと匙のはばたき」がすごく好きだったので、感想を書きます。

ネタバレにはあまり配慮しておりません。内容を少しでも知るのは困る、という方は戻ってくださいね。

一流会社に入りはしたが、合わずにやめたあと、伯父の忠成さんのダイニングバーで働いている「私」。ある日バーに、清水さんという女性客が入ってきます。少しつっかえながらしゃべる彼女が入ってきたとき、鳥の羽音も一緒に聞こえてきたので、私は不思議に思います。

平日、お昼に母親と一緒に百貨店に化粧品を見に来た私は、そこで清水さんが働いていることを知ります。ある晩、店で食事している清水さんに、私は「鳥、お好きですか。鳥肉じゃなくて」と聞きます。清水さんは「好き。大切なものなの」と答えます。なぜ鳥が好きか、ということを清水さんは私に語り始めるのですが、それは彼女が中学時代、鳥にまつわる不思議な経験をしたからで――

彩瀬さんの物語は、直木賞候補にもなった「くちなし」の表題作でもそうですが、現実の日常の物語をベースにしながら、非現実的な事象が物語のなかに現れてきます。

「くちなし」でいえば、主人公の女性が、別れた男の片腕と暮らしている、という設定など。この「ひと匙のはばたき」においても、鳥の群れがあるところに飛び込む、というありえないことを描きながら、物語は進みます。

ファンタジックなことを現実的な物語にスパイスのように入れると、こんなにも滋味深い作品になるのか、と彩瀬作品は教えてくれます。シュールな夢のなかに迷い込んだようにも思いながら、細部の現実描写がしっかりされているので、私たちは「こういう世界もありだ」と納得しながら読み進んでいけます。

終盤で、清水さんは食べられなかった鶏料理が食べられるようになりますが、その理由がまた、心に残るものでした。一人の少女が、鳥という不思議な味方を得て、たくさん助けてもらったけど、最後には自分の意志で、味方を手放す、というストーリー展開がぐっときました。

また、清水さんの問題と並行して、「私」の問題も解決に向かいます。鳥を味方にしている清水さんとは逆に、私が、伯父と一緒に鳥を鉄砲で撃つ側として描いているのが、物語中の配置のバランスがすごいなあと思いました。

私が、ラストのほうで手を〇〇〇のかたちにかまえて、ある仕草をしたところが、もう本当に鮮やかで。物語がぴりっと締まるのってこういうことなのだな、と感じ入りました。

そして、私がダイニングバーで出している料理が、とても美味しそう。鳥料理を最初食べられなかった清水さんは、照り照りの肉じゃがや、豚バラ肉と白菜の重ね鍋、白身魚と冬野菜のトマト煮などを頼みますが、後半で、彼女が自分のけじめ(かな)として食べる、鶏肉とセリのさっぱり煮。私も食べてみたくなりました。

「まだ温かい鍋を抱いておやすみ」の中には、あと5編、短編が入っていて、2話目の「かなしい食べもの」もめちゃくちゃ好きです。機会があればご紹介こちらもしたいな。

帯の言葉は「食を通して変わっていく人間関係、ほろ苦く、心に染み入る極上の食べものがたり」となっています。

彩瀬さんのつむぐ言葉、日本語、どれも本当に美しくて、でも過剰ではないのですよね。本当に、シンプルなのに、語彙や表現が豊富で、いつも読みながらたくさん心のなかで線を引いたり抜き出したりしています。

どうぞ、みなさんお手にとってみてください。






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