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レシピ一枚を支える、スープ作家の背骨――有賀薫さんの「こうして私は料理が得意になってしまった」を読んで

note発のスープ作家、有賀薫さんの「こうして私は料理が得意になってしまった」を拝読しました。

あたたかみのある黄色地の表紙には、鍋やカリフラワー、卵にミニトマトにワインがところせましと描かれていて、気持ちをそそられます。そしてその中に、こびとみたいな有賀さんも存在していて「おおっ」と目をみはりました。

日常においての料理にまつわるエッセイがぎゅぎゅっとたくさんおさめられている本作を読み終えて「ああ、料理に対して気が重いときや、うまく味付けができなくてがっかりしたときに開いたらほっとできる本だなあ」という印象を持ちました。

私は海外旅行に行った回数は少ないですが、日本ほどどこでも美味しい料理が食べられる国はあまりないと聞いています。そんななか、きっと私たちが家庭料理であったとしても、出てくるひと皿への期待値は、すごく大きくなっていて。

SNSを見れば、静止画でも動画でも、プロ顔負けといってもいいほどのきらびやかで美しい(美しすぎるといってもいい)盛り付けの料理を見る機会が多く、料理が好きな私であっても、ちょっと気疲れを感じたりプレッシャーになってしまいそうになる昨今です。

有賀さんのこのエッセイは、読んでいてすごく親しみやすい。それはおそらく「料理ができる」ということだけに本の趣旨というか重きを置いていないからだと思います。日々の雑事に追われて疲れ切ってしまうことが当たり前の日常生活において、判断や選択をうっかりミスしてしまうこともあるなかで、あたりまえに日々ものをつくって食べる営みを、それを思うようにできない人も含めてまるごと肯定しているからではないかと思います。

家のごはんって、やっぱりレストランの料理とは違う。あると思っていた食材をきらしていて、それなしで盛り付けたり代用したりなんてしょっちゅうですよね。ときには、火を通しすぎてしまったり、焦がしてしまったり……本文中の有賀さんの言葉が、心に刺さりました。

事情があって料理をやれない人が、料理をしないのは愛情がないからと言われたら、どう思うでしょう。こうした幻に悩むのは、もうやめにしたいものです。

私たちが空虚な、それでいて無視できないほど大きな家庭料理のイメージに対抗するひとつの手段は、ありのままを語り、ありのままで話す人の言葉を聞くことだと思います。(本文より)

「できない事情も含めて、肯定する」というスタンスに救われることって、私はあると思うのです。それが、料理を仕事にしている人からの言葉であればなおさら。

たとえば私の家庭は、料理は私しかできなくて運転は夫だけしかできないのですが、お互いに得意分野で苦手なところを補い合っていると思うのです。私には私の持病により「どうしても運転をできない事情」があり、夫は夫の特性により「どうしても料理のような細かい手作業が苦手な事情」がある。

だから、すごくできる人のできた作品や業績をSNSで見て、落ち込むことはないし、自分なりの「料理」やそれにあたる「何か」との向き合い方を自身の得意不得意を鑑みて無理なく決めるのがいいように思いました。

そしてこの本を読んでいてしみじみ「いいなあ」と私が思うのは、ひとエッセイごとに文末にレシピがつくのですが、エッセイ本文のなかで「そのひとつのレシピの背景、裏事情、背骨」みたいなものが広がりを持ってせまってくることなのです。

私たちは普段、完成写真とレシピの分量だけの料理本を見ていても、そのレシピが生まれるまでに料理家が「どういう風に試行錯誤して、どのような暮らしのなかでこの一品が生まれて、その料理家の家族の反応はどうだったか」などを推察はできません。

でも、このようにエッセイともなると、さまざまなエピソードに彩られた数々の有賀さんのレシピにすごく読者は親しみを感じますし、「美味しそう、作ってみたいな」と気持ちを動かされます。

そしてそれが、単なる成功譚ではなく、有賀さんの日々の失敗や嬉しさに付随した、泣き笑いを含めた息づかいが聞こえるようなエッセイだったとしたら、ますます読んでみたくなりませんか?

息子さんの大好物であるとんかつをうまく揚げられないその理由、お父様との思い出の牡蠣のチャウダー、コロコロごぼうはなぜ人気を得たのか? などなど、読みやすい文体でページをつぎつぎめくってしまいます。後半にはQ&Aコーナーも入っていて、有賀さんの基本スタンスを知ることができます。

そして。こうして、エッセイのように説明されるとなおのことわかりやすいのですが、料理家の人がたとえば「約大さじ1」と決めたとしたら、その判断にはそれなりの理由があるんですよね。

その理由が、根拠を示した言葉によってはっきりわかることによって、読者は納得し「じゃあ私もこれからこうしてみよう」と、調理中の行動を変えることができます。

思わず真似したくなる調理中の選択肢が、ぎゅぎゅっと一冊につまった読み物としてもとっても素晴らしい料理エッセイでした。

ぜひ、多くの方に手に取っていただきたいです!

ごはんづくりが気乗りしない日も、反対にやる気に満ちている日も、両方が交互にあるのが私の毎日で、その日々にこのエッセイ本が寄り添ってくれる気がしました。

ぜひ、みなさんも読んでみてくださいね!

【本文補足】

ちょっと本文を補足しますと「男性だから/女性だから」「料理ができなくていい/運転ができなくていい」という話ではなくて。「料理が苦手な人は(男女問わず)無理しないでいい」「運転が苦手な人は(男女問わず)無理しないでいい」という個人に付随する特性の向き不向きの話でした。

もちろん、なんでもチャレンジしてできるに越したことはないのですが、度をすぎて向いてないことはどれだけやらずにすませられるかの方法を考えて、得意なことで家族や職場の役に立てたらいいな、と伝えたかったです!

余計なお話をしてしまいましたが、有賀さんのエッセイぜひみなさん、楽しんでくださいね(*^^*)



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