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ずっと待つよ

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2020年5月の記事一覧

【児童文学】お弁当のひそひそばなし

【児童文学】お弁当のひそひそばなし

さきこは、窓の外のぴかぴかの空を眺めると、クレヨンで絵のつづきを描いている手をとめました。そしてベランダでせんたくものをとりこんでいるお母さんに声をかけました。

「お母さん、雨を晴れにしたいときは、てるてる坊主をつるすでしょう。晴れを雨にしたいときは、どうするの」

お母さんは、さきこの心の中を見抜いて、ふきだしました。

「さきこ、そんなに明日の運動会がいやなの?」

「だって……リレーなんて

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【短編】夜風の匂い 雨の匂い

【短編】夜風の匂い 雨の匂い

梅雨が近づくと、私の嗅覚はじめ感覚が、なんとなく鋭くなるような気がする。雨が降り出す気配にも、夜風の香りにも、ふだんより敏感になる。今夜カーテン越しのすこしだけ遠い雨音に交じって、カエルの声が耳をくすぐっていく。

少し熱のこもる体で、私は台所に立ち、麦茶を煮出す。初夏から、私も同居している恋人も、たくさん水分を摂るようになるから、大鍋いっぱいに湯を沸かして、麦茶のパックを入れて十分。じゅうぶん濃

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【小説】色づけば【再掲載】

【小説】色づけば【再掲載】

私の体と心には、思い出が火傷の痕のように灼きついている。まだ子供だった頃、その日家には誰もいなかった。当時十二歳だった私は母の部屋にこっそり入り、鏡台の下の棚を開けて、口紅やら白粉やらを引っ張りだしては遊んでいた。

母は昼間男の人と遊びに行き、夜にスナックで働いて生活費をかせいでいたので、まさに鏡台の下の化粧品は一人の女として余すことなく満足を得る必需品であり、お財布とつながる大事な商売道具でも

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