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「モヤモヤ」の源流にある抑圧から解き放たれよ!(映画「春画先生」を観て)

想像していたより何倍も、野心的な素晴らしい作品でした。

なんとなく日常生活や世間の潮流に「モヤモヤ」を抱えている人に鑑賞を勧めたいと思います。自分らしさとは何か、自由とは何か。

「春画先生」
(監督: 塩田明彦、2023年)

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本作はふたつの意味で画期的だったと思う。

ひとつは春画を扱ったこと。「R15+」として指定されたものの、日本史上初めて性器部分をボカさずにスクリーンに映したということが少なからず話題を集めていた。

もうひとつは、「性の解放」をメタファーとして自由を考察する作品をつくったことだ。公式パンフレットのプロダクションノートで、プロデューサーの小室直子さんが春画展を観たことによって映画製作動機が生まれたと記されていたので、文面通りに読み解くならば、この部分については後付けだったのだろうと思う。

しかし僕は、これほど「自由とは何か?」を考える上で多様かつ有意義な作品を知らない。

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江戸時代に流行した春画。一般的には性行為を描いた「卑猥な」アートジャンルというイメージがある。しかし近年、春画にまつわる企画展も多く開催されており、日本国内外から再評価されている傾向にあるように思う。

僕自身も、数年前に河鍋暁斎を取り上げた企画展に足を運び、「春画という素晴らしいアートフォームが日本にあったのか!」と衝撃を受けた記憶がある。「春画先生」というタイトルの滑稽さから、軽めのコメディかと想像した人も少なくなかったはず。予告編もわりと珍妙な感じだったが、偏愛コメディという宣伝文句を鵜呑みにすると痛い目に遭う。

禁忌、タブー。

性の問題にかぎらず、タブーとしてオープンに語れなかった物事はたくさんある。例えば企業において、特定の部署や担当者が不正取引をしていたとして。当然告発されるべきことなのだけど、「これは会社にとって必要だから」といった論理を駆使されることによって、徐々に問題がアンタッチャブル化していってしまう……。思い当たる節は誰しもあるのではないか。

それは法律を犯している問題もあれば、合法だけど倫理的にはNGという類のものもある。そういったことに蓋をして、何も語れずにいると徐々にモヤモヤが溜まっていってしまう。モヤモヤが溜まるのは、告発することによって個人が不利益を被ることが多いからだ。村上春樹さんの「壁と卵」のメタファーを借りるなら、卵である個人は、壁であるシステムに対峙するのはあまりに高い代償を支払うことになってしまう。

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という意味でいうと、本作を鑑賞したからといって、いたずらに「タブーから解き放たれよ!」と推奨することはできない。

しかしモヤモヤの源流になっている抑圧の正体に自覚的になることで、ほんの少しでもアクションが変わっていくのであれば、それは立派な前進だといえないか。

北香那さん演じる弓子は、「抑圧されていた個人」を象徴する存在だ。一気に春画へとのめり込み、自身で抑制していた性がどんどん解き放たれていく。その姿にえもいわれぬ興奮、やがて爽快な心持ちになっていく。

ラストシーンで春画先生こと芳賀(演・内野聖陽)もまた、抑制されていた感情に向き合うことで、自由へと解き放たれる。最愛の妻の死は悲しみ募るものだけれど、弓子と出会ったことで再び愛を知ることになる芳賀。「過去をとるか、未来をとるか」で揺れていた芳賀にとって、過去の素晴らしい思い出が足枷となっていたのだ。足枷を外した後の芳賀の歩みはゆっくりだったが、とても軽やかに見えた。

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春画は「笑い絵」と称されることがある。

絵の中で性行為している春画は、当時の人には卑猥だっただけでなく、本来の自分をまっすぐに投影するような希望だったのだろう。

額に皺寄せて、未来を悲観的にとらえる人生もそれはそれで意味があるだろう。だが、時に笑わないと自分を保ち続けることはできない。

適当にガスを抜いて、「いまここ」から思い切り解放されてごらん。

優しくも真剣なメッセージは、本作の普遍性の高さを物語っている。

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osanaiでも「春画先生」に関するテキストを掲載しています。

兼業主夫の今井峻介さんのテキストも併せて読んでみてください。

振り返ってみると、プロデューサーの小室直子さんをはじめ、本作には女性スタッフも多い。撮影は「レジェンド&バタフライ」の芦澤明子さん、衣装デザインは「すばらしき世界」の小川久美子さん。

そういった陣営を束ねた塩田昭彦監督の手腕は言うまでもないが、作中の春画がひときわ輝いて見えたのは、男性女性を問わず真剣に春画に向き合った証左ではないかと感じる次第である。

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