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人生の酸いも甘いも知る人と飲む、「世界で一番『プハァ〜〜〜ッ!』が出るビール」をつくりたい【HOPPIN’ GARAGE キャンサー・ソリューションズ 桜井なおみさん】

がん患者が働きやすい社会の実現を目指している、キャンサー・ソリューションズ株式会社。日常生活での生きづらさや困りごとを減らすべく、患者と社会を繋ぐサポートをしています。

スタッフ12名は全員がん経験者。代表取締役社長の桜井なおみさんも、37歳で乳がんを発症。自身の大きな経験が「今の取り組みに繋がる人生のターニングポイントだった」と話します。

ガンの発症、手術、リハビリ、復職……怒涛の日々を過ごすなかで、働き方や人生そのものと向き合ったそうです。

桜井さんのこれまでの人生は、どんなものだったのでしょうか。桜井さんとビールのエピソードからひもといていきます。

37歳で乳がんに。働き方、生き方が大きく変わった

「大学卒業後は、設計事務所のデザイナーとして働いていました。駅前の再開発やシャッター通りをどう変化させていくかなど、街づくりの仕事に携わっていたんです。

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子どもの頃から理系を勉強するのが好きで、大学では薬学を勉強しました。薬学の中でも特に「亀の子」(有機化学)という分野に興味を持ったんですよね。

亀の形をした分子がさまざまな化合物とくっついたり、別のものに変化したりすることで、抗がん剤をつくったり、服の繊維になったりするのを知って。『何かと何かをくっつけるのって楽しい!』と感じるようになりました。

その経験から街と街、街と人など、『くっつけること』で人が笑顔になるのを見るのがとても嬉しかったんです。このままこの会社で仕事を続けていくんだろうな……。

そう思っていた矢先に、『乳がん』と診断されました。

2004年、当時37歳だった私にとってがんは寝耳に水で。『え?』とすぐには理解ができませんでした。がんは高齢者の病気だと思っていましたし、予兆も一切なし。突然やってきたので恐ろしかったです。

当時は病気の診断を受けて気持ちが興奮していたため、まわりの人へ『私はがんになったの』『大変なの』『私のこと分かって』と、相手の気持ちを想像せずに強いパンチを繰り出していました。

逆の立場だったら、がん患者に対してすぐに寄り添うなんて難しいですし、なんて言葉をかけたらいいのかも迷ってしまいますよね……。

これまで『何かをくっつけるのが好き』と思っていたのに、自分がいざがんになったら人との付き合い方が全く分からない状態になっちゃったんです(笑)。想像を遥かに超えた出来事だったので、すぐに受け入れられず、そういったことまで頭は回っていませんでした」(桜井さん、以下同)

いきなり降りかかってきた大きな出来事によって、桜井さんは自身の働き方に対して疑問を持ち始めます。

「仕事が好きだったので、がんになったからといって退職しようとは思いませんでしたね。ただ、当時は病気を患っても会社にがん患者をサポートする制度がなくて。会社は私が『今後仕事はどうするのか?』『どれくらい休むのか?』を気にするばかり。

もちろん、会社がそう考えるのは当たり前なんですが、がん治療は検査をして、その検査結果が分かるまでその後の予定を立てにくいんです。

なので、『次の予定は?』と聞かれてもすぐに答えられない。そうしたやり取りから会社との温度差を感じましたね。

結局、抗がん剤治療をすることになり、そのためには入院も必要。仕事の都合上、屋外へ行く機会も多く感染リスクもあったため、傷病手当を取得し8ヶ月間休職しました」

懸命な治療とリハビリによって復職したものの、今度は「目に見えない部分のつらさ」について説明するのが難しかった、という桜井さん。そのなかで、肺がんを患っていた友人のエピソードを話していただきました。

桜井さんの友人は飲んでいた痛み止めの副作用によって、職場で眠ってしまうことがあったといいます。

「周囲の人たちは彼女のことを『眠り姫』と呼んでいたそうです。というのも、友人はがんのことを会社に報告をしていなかったんです。それは仕事を制限されるのが嫌だったから。仕事を続けるために薬を飲んで仕方なく仮眠をしていただけなんですが、まわりからはサボっているように見えていたんですね。

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『もし早く病気を知っていたら、会社として何かできたのではないか?』と、彼女ががん患者だったと知った上司が泣きながら話していたと聞きました。

私は彼女がなぜ周囲に病気のことを話せなかったんだろうと感じました。もしかすると彼女も見えないつらさを説明するのが難しかったのかもしれません。

自分の経験や彼女の話を聞いて、がんを患っても対応できる制度はないのか、病気が言いづらい壁をどうにかできないかと考えるようになりました」

「がん患者が暮らしやすい社会」を実現するべく動き出す

仕事復帰後、しばらく勤務していた桜井さんでしたが、術後の後遺症として残った手の「浮腫」(むくみ)によって長時間のパソコン作業が難しくなり、退職を決意。

「がんと診断されたことよりも、がんで仕事を離れなければならないのがとてもつらかった」といいます。その経験から、今の活動へと動き出しました。

「退職後、ハローワークへ行ったときに、私と同じような理由で退職したり、仕事探しに苦労したりする人が大勢いるのを知りました。

本人は働きたいと思っているのに、がんを患っただけで、受け入れてくれる場所がない。当時は2007年、時代として仕方がない部分はありましたし、今はもっと変化しているでしょう。

ただ、そのとき『これってやっぱりおかしくない?』と思って。働き方の選択肢が0か100しかなかったことに疑問を抱いてしまいました。

また、患者になってわかったんですが、制度や設備で『こういうものが欲しい』と思う場面が多くて。『整えてほしいのはそこじゃない』と感じるモノや情報が溢れていることに気づきました。そういった部分も変えたくて、会社設立に至ります。

不思議なもので、今キャンサーソリューションズで患者と医療、患者と社会、患者同士を“くっつける仕事”ができています。内容は前職と違いますが、自分の原点に戻ってきたように感じて嬉しいですね。

がんを体験したからこそ見えるものは私の武器。この経験をプラスにして、ゆくゆくはがん患者だけではなく、高齢者やさまざまな人の生活が豊かになるように活動していきたいです」

一山を越えたあとに、夫婦で飲んだ最高の一杯

現在「週に3回はビールを飲む」と話す桜井さん。週末のお昼から飲むビールが「最高!」と素敵な笑顔を見せてくれました。そんな桜井さんの、人生最高の一杯とは?

「手術が終わり、抗がん剤治療も終わり、やっと一山越えたときに、久しぶりに夫婦で温泉旅行に行ったんです。

温泉街で解禁した生ビールは、もう最高でした!

夫に『8ヶ月間大変お世話になりました! これからもよろしく〜! 乾杯〜!』とグラスを合わせたんです。『もしあなたが病気になったら、私はあなたがしてくれたようには支えられないかもしれない。ごめんね〜!』なんて言ったりして(笑)。

夫はニヤニヤ笑っていたんですけど、こうやってまた夫婦で一緒にビールを飲めたのがとても嬉しかったですね。

私の前じゃ元気に振る舞ってくれていましたが、見えないところでものすごく心配してくれていたそうで。私は医者や看護師、同じがん患者などに気持ちを共有してストレスを解消できるけれど、家族は誰に「助けて」と言えばいいのか分からない。

本当に大変だったと思うからこそ、感謝の気持ちがこみ上がる、忘れられない一杯ですね」

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「世界で一番『プハァ〜〜〜ッ!』が出るビール」で乾杯したい

がんを経験した桜井さんだからこそ、「あったらいいな」と考えるビールはどんなビールでしょうか?

「世界で一番『プハァ〜〜〜ッ!』が出るビール」ですね。ビールって、“人生”を味わえる唯一の飲み物だと私は思います。生きていると嬉しいことはもちろん、大変なこと、つらいこと、泣きたいことがたくさんある。

でもビールを飲んだときは、それらの感情やストレスを一旦飲み込んで、みんな『プハァ〜〜〜ッ!』と息が吐けるじゃないですか。日本酒やワインなど、他のお酒ではそんな声は出ないですよね(笑)。

これって自分と向き合って、咀嚼して、頑張った証として『プハァ〜〜〜ッ!』と言えると思うんです。人生を味わったからこそ言えるんですよ。

頑張り続けてきた人、我慢が多かった人、息抜きをしたい人。そんな、人生の酸いも甘いも知った人たちと一緒に『息抜きしない?』と乾杯できるビールがあればいいですね。

ちなみに色はキラキラと輝く金色のビールがいいなあ。やっぱり人生は輝いてほしいから。もちろん、濁っているものが美味しい場合もありますが、みんなでつくるからこそ、クリアな金色がいいですね。

このビールを飲んで『プハァ〜〜〜ッ!』と感情を飲み込んだり、もしくはまだ飲み込めない人は、『プハァ〜〜〜ッ!』にのせて今の気持ちを表現できたりすると嬉しいです」

HOPPIN’ GARAGEでは、今後ビールになるかもしれない魅力的な人々の人生ストーリーを紹介しています。今回紹介した桜井さんの人生ストーリーがビールになる日が来るかも⁉ 今後のHOPPIN’ GARAGEにもご期待ください!

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2018年10月に始まった『HOPPIN’ GARAGE』。

HOPPIN' GARAGE(ホッピンガレージ)は、「できたらいいな。を、つくろう」を合言葉に、人生ストーリーをもとにしたビールづくりをはじめ、絵本やゲームやラジオなど、これまでの発想に捉われない「新しいビールの楽しみ方」を続々とお届けします。