「ある男」の先には“最愛の人の他人性“〜平野啓一郎「本心」
「ある男」(2018年)という傑作を書いたあと、平野啓一郎はどこに向かったのか。それを知りたくて、次作「本心」(2021年 文藝春秋)を読んだ。
あなたが愛するAという人物がいるとする。Aについて、あなたが知っていることは、直接の対話を通じて得たもの。Aという人物が他者について放った情報で、あなたが間接的に得たもの。あなたの中のAは、こうしたインプットによって出来上がっている。
こうして作り上げられた、あなたの中のAという存在は、Aの実体を表しているのだろうか。
近未来を舞台にした小説である。そこでは、AR(拡張現実)やVR(仮想現実)といったものが、生活の一部として機能している。
母を亡くした二十九歳の石川朔也は、母のVF(ヴァーチャル・フィギュア)の作成を依頼する。ゴーグルを装着し仮想空間に入り、母のVFと対話ができるというわけである。提供した情報により、母のVFは形成され、その後もAIを活用して様々な情報を入手し“成長“していく。
一方で、朔也はその生前には知り得なかった母の過去や“本心“を、彼女の知人を通じて知ることとなる。
“本心“とは一体何なのか、我々は愛するものからどの程度の“本心“を聞いているのか。そもそも“本心“を聞く必要があるのか。あるいは、自分自身の“本心“を我々は理解しているのだろうか。
近未来という世界を活用することによって、平野啓一郎は極めて根源的な問題を浮かび上がらせている。
<母は一体、誰だったのだろう〜(中略)〜そして、結局のところ、僕はこう問わざるを得なかった。
僕は一体、誰なのだろう、と。・・・・・・>
加えて、“自由死“の問題、富裕層が住む「あっちの世界」と自分が存在する「こっちの世界」の格差、移民問題といったテーマも散りばめられる。
中心を流れる本流(何を本流と感じるか、それは人それぞれだろう)から、枝分かれした何本かの支流を描き出す手法は、「ある男」に通じるところでもある。
母が愛読していた作家、藤原亮治が朔也へのメールにこう記す。
<「最愛の人の他者性と向き合うあなたの人間としての誠実さを、僕は信じます。」>
小説の終盤に登場するこのフレーズはインパクトがある。ただ、一種のネタバレにもなるのではないかと、ここに紹介するのをためらったのだが、「本心」の公式サイトを見て、問題ないだろうと思った。
そこに掲載されている“著者メッセージ“の最後に、こうあった。
<テーマは「最愛の人の他者性」です。
『マチネの終わりに』『ある男』に引き続き、愛と分人主義の物語であり、その最先端です。>
今のところ、「本心」は平野の最新作であり“最先端“である
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