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ちばあきおを憶えていますか〜「キャプテン」の向こう側(その2)

(承前)

本書「ちばあきおを憶えていますか」は、千葉家の満州時代から始まります。そこで戦争の混乱に巻き込まれ、一家は命からがら日本に戻ってきます。そのことは、ちばてつやの「ひねもすのたり日記」にも描かれています。敬虔なクリスチャンで気丈な母親と、ちょっと自由人の父親の間に生まれた四人兄弟の長男がちばてつや。若くしてマンガ家デビューし、長男として家を支えます。

次男の研作はちばてつやプロダクションのマネージャー、あきおはてつやのアシスタントからマンガ家として独立、末っ子は七三太郎のペンネームでマンガ原作者となり、二人の兄をサポートしました。

彼らが生み出した作品の軸となっているのは、真面目な母、静子の教えでした。マンガ家として地位を確立していたちばてつやが「のたり松太郎」に書いたちょっと性的なシーンに「子供に見せられない漫画を描くんじゃない!」と激怒、これはちばあきおの胸にも深く刻まれていたそうです。

一方で、父親はギャンブル好きで家業を傾かせるような人ですが、人当たりが良く、里中真智子の「私の履歴書」によると彼女の父親とも親しくしていたそうです。また、本書によるとちばあきおの友人、「ドーベルマン刑事」や「北斗の拳」の原作者、武論尊とも良くお酒を飲んでいたそうです。

本書を読むと、ちばあきおの完璧主義者としての一面が見えてきます。それが故に、遅筆、寡作になる。こうしたところは、母親を受け継いでいると共に、兄の存在があったことでしょう。著者は、その父にとってちばてつやは、<重荷といってもいいほど大きな存在だったはずだ>と書きます。ヒット作を連発する兄はプレッシャーとなり、完璧な作品を求めることになったのでしょう。

私を新鮮な興奮へと導いた「キャプテン」などを生み出す苦しみは、そんなちばあきおにとっては尋常ならざるものであり、「プレイボール」と共に大人気の中で終了させた後は、休筆宣言せざるを得なくなります。

苦しみから解放されるために、ちばあきおはお酒の力を借りるようになります。この姿には、父親の影が感じられます。「キャプテン」の向こう側には壮絶な世界がありました。あきおが酒を飲まないよう、お金を渡さないことに加え、行きつけの寿司屋、酒屋にはあきおに酒を売らないよう通達されていました。<あきおの“蛇口“は、てつやが『あしたのジョー』で描いた力石徹の減量時と同じように、針金できつく縛られたも同然の状態だった>。

それでも、ちばあきおは再びマンガを描き始め、弟の七三太郎のサポートも受けながら、「チャンプ」の連載を開始します。しかし、これは酒との結びつきを深める結果となり、ある時は仕事場で酒を飲むあきおを、ちばてつやが殴る事態にも発展します。<「あきお、しっかりしろ!酒を飲んだらダメなんだ!!」> そして悲劇が訪れます。

この本は、息子の千葉一郎が千葉兄弟、生前交流のあった人から聞いた話をベースに構成されていますが、そのフィナーレは長兄ちばてつやの言葉です。

それは同じマンガ家としての苦しみ、兄として弟を思う言葉、いくばくかの悔恨の情が散りばめられています。

ちばあきおの作った世界は、息子である本書の著者のイニシアティブで甦りました。2017年から、マンガ家、コージー城倉(ちばてつやとの対談はこちら)の手で「プレイボール2」が、そして「キャプテン2」が始まりました。

谷口や丸井のその後、読みたいと思うのですが、その前に、ちばあきおのマンガを、また取り出したくなりました。遺作の「チャンプ」も未読なのです



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