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興奮、怒り、そして・・・〜伊澤理江著「黒い海 船は突然、海へ消えた」(その2)

(承前)

第58寿和丸は、2度の大きな衝撃を受けた後、沈没した。海は、船から流れ出たと思われる大量の油で、“黒い海“と化していた。

しかし、国は事故の原因を「波」とする報告書を出す。それもとんでもないタイミングで。

いわゆる“隠蔽“ではないかと思う。著者の伊澤理江も、そうした疑念を抱きながら、執念の調査を続ける。国の運輸安全委員会は、なぜ「波」と結論づけたのか、それは是非本書を読んで見極めて欲しい。

一点、感じたのは公務員という立場の方々の“やりがい“である。日本をよくするために志を持って奉職したにも関わらず、内向きの仕事、組織防衛第一の日々が続くとどうなるのだろうか。優秀な人材の国家公務員離れを止めるべく、給与・働き方の改善が実施されている。もちろん、それも重要だが、問題はそれだけではないのだろう。

興奮、怒り、命を落とした人たちへの鎮魂。これだけでも、十分読むに値する本なのだが、私にはもう一つ別の側面が見えるように思う。

それは、船の所有者である、酢屋商店の野崎哲社長の物語である。野崎という一人の人間を描くことにより、遠くの物語である事故が、ぐっと近づいてくる。

野崎は、この海難事故の傷が癒えない中で、東北を襲う震災・原発事故に見舞われる。“心が折れる“などという、生やさしい言葉では言い表せない状況だったに違いない。

それでも、野崎は賢明に動き続ける。海で亡くなったものたち、残された人々、そして東北の漁業のために。

<野崎には、大震災の後に思わず目を奪われた詩がある。>。それは、水俣病に苦しむ人々を描いた、石牟礼道子の「花を奉る」である。

印象に残る、野崎の言葉がある。

<「チッソ(注:水俣病を引き起こした会社)もそうだけど、 一方に絶対悪があって、もう片方に絶対善があるという話ではないんだ。東電という絶対悪があって、福島県民や漁業者っていう絶対善があるなんていう話ではないんだよね」>

野崎を始めとする、<不条理の中で、もがきながら生きてきた>人々の思いを、懸命の取材を通じて伝えようとした、筆者の伊澤理江。

彼女の渾身の一冊を是非手に取り、「黒い海」の中を懸命に泳いでいる人々のことを知って欲しい。

興奮や怒りの先に、もっと奥深いものが見えてくるかもしれない


なお、伊澤が所属するフロントラインプレスは、国に対し本事故に関する情報開示関連訴訟を提起しており、クラウドファンディングも実施している


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