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今この映画を観なければならない現実〜100年超を経た「西部戦線異状なし」

毎年、このシーズンはアカデミー賞の候補作をチェックする。既に観たのが「トップガン・マーヴェリック」「エルヴィス」。先日公開され、記事にした「イニシェリン島の精霊」。おやと思ったのが「西部戦線異常なし」

ドイツのレマルクの反戦小説を原作とし、1930年にはアメリカで映画化、第3回のアカデミー作品賞を受賞している。本作はドイツ映画、ドイツ語映画としてNetflixの改めて制作されたもので、Netflixの配信映として、既に観ることができる。

舞台は第一次世界大戦、“西部戦線“とはドイツ側から見たもので、ベルギー南部からフランス北東部の地域で、ドイツ軍と連合軍が終戦まで対峙した戦場である。そこでの壮絶な戦いを、ドイツ側の視点から描いたものが本作である。今から、100年以上前の出来事である。

私は1930年版は未見なので比較することはできないが、本作はリアルな映像で、兵士たちが身を置く厳しい戦場を、これでもかと映し出す。また、並行的に司令部側の様子を見せ、最前線の悲惨さと対比させる。

見始めると、やはりウクライナ情勢を連想してしまう。NATO側からの戦車供与ニュースが報じられていたが、欧州の平地における地上戦というのは、日本人にとっては想像しづらいかもしれない。100年以上前の戦い方と今のそれは変化しているだろうが、兵士が直面する現実は本質的には変わらない。その現実を映画は見せつけるのだ。

次のような字幕が映される。

<西部戦線は1914年10月の戦闘開始から程なくして 塹壕戦で膠着 1918年11月の終戦まで前線はほぼ動かなかった 僅か数百メートルの陣地を得るため 300万人以上の兵士が死亡 第一次大戦では1700万人が命を落とした> 本作のドイツ語原題は、“Im Westen nichts Neues“、“西部戦線にはなにもニュースはない“、多くの若い命が犠牲になっているが、戦局を変化させるような事態はなにも無かった。

この映画を見終わった翌日、BAFTAの映画賞発表があった。BAFTAとは、British Academy of Film and Television Artsの略で、テレビ関係が入っているのが違うが、アメリカのアカデミーのイギリス版のようなものである。

「西部戦線異状なし」は撮影賞など技術的なカテゴリーで受賞、「イニシェリン島の精霊」は助演男女優賞を獲得、下馬評は「イニシェリン〜」が作品賞の有力候補だったようだが、結果は「西部戦線異状なし」が作品賞・監督賞に輝く。

こうした賞は、映画そのものの質とともに、「今この作品を観てほしい」という世の中の空気が反映されると思う。私には、本作の受賞とウクライナ情勢が無関係とは思わない。多くの映像関係者が、本作が見せつける、「戦争の悲惨さから目を背けるな!」というメッセージを発信したのだろう。

もちろん、この映画が制作されたのは、ウクライナ侵攻前である。しかし、この反戦映画を世に出さなければいけない、過去の戦争で学んだことを忘れてはならない状況であることを、制作者は感じ取っていたのではないか。こうした文化の、“炭鉱のカナリア“的役割を感じざるを得ない。

防衛費増額の議論がある。現実にミサイルを飛ばす国があり、地政学リスクが高まる中、“抑止力の必要性“、“戦略的“に日本が防衛力の強化に取り組むことについて、私は反対はしない。必要だろう。

ただ、残念である。人間は歴史から何を学んできたのだろう。それでも、本作のような映画にも刺激され、“残念“という気持ちが世界中で高まれば、何かが起きる可能性はあるのではないか。

そう思いたい。

繰り返しになるが、「西部戦線異状なし」は、ドイツ語映画だがアカデミー賞の作品賞および国際長編映画賞(かつての外国語映画賞)にノミネートされている。発表は3月12日である



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