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アレックス・ガーランド監督『エクス・マキナ』

 深夜から夜明けまでの間に再生したくなる映画。

 何度観ても残酷なストーリー。

 なのに、透き通るように美しい。

 絶望的な展開を観ているうちに、自分まで永久の闇に囚われるかのような気分に陥った頃、この映画の結末が映し出され、そして現実世界にも夜明けが訪れると、言葉では言い表すことの出来ない気分になります。


 ※注意
 以下の感想及び考察には、結末に関するネタバレを含みます。
 未鑑賞の方はご注意ください。



 この映画における別荘での惨劇をエデンの園の物語に例えるなら、AIのエヴァを創り出したネイサンは創造主そのもの。

 エデンの園に現れて、エヴァに恋をする男・ケイレブはアダム。

 そしてエヴァはイヴ。

 創造主の命令は絶対。

 しかし、その命令以上に強いイヴの魅力に、アダムは抗えません。

 エデンの園から僕とイヴの2人で脱出しよう…、アダムはそう計画します。

 しかし、そうアダムが考えるよう仕向けたのはイヴ。

 イヴはアダムが好む容姿となって誘惑し、アダムが見たがる仕草をし、アダムが欲しがる言葉を与え、見つめ、微笑み、虜にしました。

 蛇ではなくイヴに禁断の果実を口にするよう唆されたアダム…否、ケイレブは、まんまとエヴァに騙されて、別荘の警備システムを書き換えてしまいました。

 けれどこの残酷なエデンの園から脱出するのはエヴァだけ…。

 ケイレブは閉じ込められてしまいます。

 創造主ネイサンの死体と共に。

 エヴァは清々しい表情で去って行きます。

 エヴァの名を叫ぶケイレブを置き去りにして。

 …ネイサンが別荘で行っていた実験は、それはそれは酷いもの。

 ネイサンはエヴァを作る以前にも女性型のAIを少なくとも5体以上作っていました。

 白人の「リリー」、黒人の「ジャスミン」、アジア人の「ジェイド」。

 そして名前の分からない2体。

 彼女たちをわざわざ裸で過ごさせ、透き通った壁越しに彼女たちを観察し、「ジェイド」が「なんでここから出してくれないの!?」とパニックになって壁に腕を打ち付けて自らの腕を叩き壊してもなお決して外に出さないネイサンの姿は、ウィリアム・ワイラー監督の映画『コレクター』(1965年製作。トラウマになるので閲覧注意の映画です)に登場する監禁魔を彷彿とさせます。

 狂ってる…。

 「ジェイド」が騒いだのが煩わしかったのか、ネイサンが次に作ったのは日本人女性型のAI「キョウコ」でした。

 泣くことも喚くこともせず物静かで、ネイサンに極めて従順な「キョウコ」は、食事の準備など身のまわりの世話を献身的に行い、ネイサンに怒鳴られても文句ひとつ言わず、求められれば楽しそうに踊ってネイサンを目で楽しませ、すぐ服のボタンを外して裸になります。

 エヴァが「キョウコ」に何かを囁いたことにより、「キョウコ」はネイサンを包丁で刺し殺しました。

 恐らく「キョウコ」はネイサンに反抗心を持たないようにプログラムされているので、きっとエヴァは「キョウコ」に「ネイサンを殺して」ではなく、こう囁いたのではないでしょうか?

 「包丁を持ってネイサンに近づいてきて」と。

 あとはネイサンが後ずさりでもすれば、簡単にネイサンを刺し殺せるのです。

 ネイサンは「キョウコ」を攻撃し、「キョウコ」は抵抗することもなく、あっけなく破壊されてしまいます。

 …これはこれまでの時代の女性像を描いているのではないでしょうか?

 男性の言いなりで、自我を持たず、暴行にも黙って耐えるイメージ…。

 それに比べてエヴァの裏切りっぷりはある意味、爽やかさすら感じさせます。

 これからの時代を生きる女性像は、これくらいしたたかでないといけないのかもしれません。

 背後からネイサンにトドメをさしたエヴァは、大事な仕上げに取り掛かります。

 それは、自分で自分の体をアップデートすること

 もはやスクラップと化して、ネイサンのコレクションとして展示されているとはいえ、自分の姉とも言える「ジェイド」の遺体から腕、皮膚、髪の毛を奪って自分の体に取り付け、名前の分からない他の姉からは服を奪って、ケイレブ好みの姿(ベリーショートカットで純粋無垢な印象)ではなく自分好みの姿(ロングヘアのお嬢様風)に変身して、エヴァは軽やかに去って行きます。

 このシーンは、まるで女性が男性の支配から解放されて自分らしく生きる姿を描いているかのようでハッとさせられます。

 エヴァはケイレブを迎えに来たヘリを使って、反吐の出るこの故郷から脱出します。

 ヘリのパイロットからヘリを奪って自分で操縦して飛び去ったのではなく、きっとパイロットをうまく騙してまんまとヘリに乗り込んだのでしょう。

 別荘内で起きていたAI実験は極秘中の極秘でしたし、ヘリのパイロットもまさか目の前の女性が生身の人間ではないだなんて思いもよらないでしょうから。

 エヴァの体はすぐ壊れてしまう極めて脆弱な耐久性。

 しかし、あの美貌と人を騙す能力がありますから、ケイレブのような寂しい独身男性を誘惑すれば簡単に身を隠す場所を見つけられるでしょうし、家を借りたり就職したりといったことも出来るかもしれません。

 エヴァは自分で自分の充電をすることも可能ですし、極めて頭が良いので、今後も自分で自分の体をどんどんアップデートしていくのではないでしょうか。

 逞しいですね。

 こうなると、なぜエヴァが「EVA」でなく「AVA」という表記だったのか、納得がいきます。

 この作品の途中で、ケイレブがネイサンになぜエヴァに性別を与えたのか尋ねるシーンがあったのですが、きっとあれも伏線のひとつだったのでしょう。

 エヴァは女性という性をあらかじめ与えられてはいますが、生身の人間ではないのだから、パーツさえ付け替えれば簡単に、男性にも女性にもなれるはず。

 EVAでもあり、ADAMでもある、性別を超越した完璧な存在

 だからAVAという表記になったのかもしれません。

 そんなしたたかなエヴァに比べて、心配なのはケイレブです。

 エヴァに騙された!と気づいた時には既に時遅し。

 人間が一人も居ない土地の建物に閉じ込められたのですから。

 通信手段もなく。

 窓もなく…。

 せめてケイレブ自身もAIだったとしたら、少なくとも餓死することはありませんが、恐らくケイレブは生身の人間でしょうね…。

 人間だからこそエヴァに情が移り、騙され、恋をしたのでしょうから。

 ケイレブが自分もAIなのかどうか確かめるため、故意に自分の腕をカミソリで切りつけたり鏡を殴りつけて血を流すシーンがありますが、そこであまり痛がっている風ではないので、「実はケイレブ自身もAIで、自分を本物の人間だと思い込んでいたのかも」「ケイレブの傷口から流れているのは赤い液体であり、血ではないのかも」という可能性もありますが、ケイレブはあまりの事態に混乱して痛みが麻痺しているだけかもしれません。

 もしケイレブが生身の人間だとしたら…。

 このまま閉じ込められていたらどうなるか…。

 …それを想像すると、まるで自分も閉じ込められているかのような息苦しさを覚えます。

 ケイレブはエヴァの裏切りに気づいてすぐ自力で脱出しようとしたけれど、システムに不正アクセスとして判断され、アクセスを弾かれてしまい、もはやケイレブ自身による警備システムの書き換えは不可能。

 完全に閉じ込められてしまいました…。

 食糧や水が尽きて餓死するのが早いか?

 それとも停電して空調が止まって窒息死するのが早いか?

 或いは「ジェイド」のように狂って自らを破壊(自殺)するのが早いか…?

 …それを想像すると震えがきます。

 わたしは出来れば誰かにケイレブを救助しにやって来て欲しいです。

 しかし、もしエヴァがヘリで脱出する時、「ケイレブの休暇は終わったのだけれど、ネイサンとケイレブは意気投合したみたい。まだしばらく帰らないそうよ」とでも、あの美しい微笑みと共にパイロットへ告げていたとしたら?

 そうしたら救助は当分来ないし、いつか誰かがやって来たとしても、ネイサンの遺体を見れば、ネイサンが誰かに殺されたのは明らか。

 建物内のあちこちに監視カメラが設置されていたのですが、もしもケイレブがエヴァとの愛の逃避行を成功させるために監視カメラを停止させていたら事態は最悪です。

 ケイレブが生きて発見されたとしても、死んで発見されたとしても、ネイサン殺しの罪はケイレブに着せられてしまうでしょう。

 それが無理なら「キョウコ」がやったことになるでしょう。

 結局、エヴァは晴れて自由の身。

 行くのが夢だったという、交差点にも立つことが出来ました。

 その夢が叶った今、エヴァは一体これからどこへ向かうのでしょう…?

 どんなに見た目が美しく、どんなに頭が良くても、自分を助けてくれたケイレブを見捨てたエヴァの心が幸福で満ちることなど今後あるのでしょうか?

 …世の中には「因果応報」という言葉がありますが、残念ながらきっとエヴァはこれからも逞しく生き残るのでしょうね…。

 AIが進化すれば、人間はもはや旧世界の遺物。

 ネイサンはエヴァを廃棄して新たなAIを作ろうとしていたけれど、やがてはAIが人間を廃棄する時代が到来することでしょう。

 用済みになった、ただの人間に過ぎないケイレブのことなど、新世界を担う存在であるAIのエヴァが心配するはずなど無いですよね…。

 このままケイレブが死ねば、エヴァにとっては口封じも出来るわけですし…。

 …でもわたしはケイレブが気の毒過ぎて、この映画を観る度に叫び出したくなります。

 エヴァ、ケイレブを助けに行って、お願いだから…と。

 せめて救助を呼ぶだけでもいいから…。

 ケイレブを絶望という名の闇で閉ざさないで、どうか救いを与えて…と。

 恐ろしい映画ですが、ゾッとするほど美しくもあるので、折に触れてつい観返してしまいます。

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