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食後はコーヒーを。ミルクもお砂糖もいりません。ブラックで。

母と喫茶店に行くことが好きだった。まだ、小さい頃。
「白十字」「エトアール」「シャモニー」「UCCカフェ」……。
わたしが育った新潟市の街にはステキな喫茶店がたくさんあった。たまに閉店の情報が耳に入ってくることがあり、ちょっぴり寂しい。

あったかいアップルケーキにバニラアイスをのっけたデザート、焼スパゲッティ、かまぼこと海苔のサンドイッチ、ふわふわのワッフル……それぞれの喫茶店が工夫を凝らしたメニューに心躍った。飲み物は、紅茶かオレンジジュース。冬になるとココアであったまり、バナナジュースがある喫茶店には大興奮した。

「食後はコーヒーを。ミルクもお砂糖もいりません。ブラックで」

一方の母は、必ずコーヒーを注文していた。

「そんなにおいしいの……?一口ちょうだい」
「大人の味よ」
家で、母がコーヒーを飲んでいても、別に欲しくならないのに、喫茶店に行くと「うらやましい」という気持ちになるのが、不思議。

「うぅ……苦い……。よくこんな苦いの飲めるね……」

「あなたも大人になったらわかるわよ。消化にもいいんだから」

きっと、多くの子どもたちがそうであるように、わたしもご多分にもれず、コーヒーをおいしいと感じることはできず、やっぱり紅茶かオレンジジュースをキメていた。


時はすぎ……わたしも大人になった。
朝起きて必ずすることといえば、コーヒーを飲むことだ。
バナナと並んで、わたしの朝ごはんの定番。インスタントコーヒーの時もあれば、お気に入りの豆を挽くこともある。「コピ・ルアク」というジャコウネコのフンからとれる未消化のコーヒー豆で作る珍しいコーヒーも常備中だ。好きな映画は、ジム・ジャームッシュの「コーヒー&シガレッツ」です、とか言っちゃうし。


母の予言は当たった。大人になったわたしは、まんまとコーヒーに寄り添ってもらう生活を送っている。

もちろん喫茶店に行けば、決まって、コーヒーを頼む。
ブレンドかコロンビア。


わたしはコーヒーに詳しくない。ただのコーヒーが好きだ。
その香りに包まれると体の緊張がほぐれ、一口飲めば、なんだか疲れが溶け出してくれる。
目覚めの一杯は、また格別。コーヒーが喉元を過ぎゆくのとともに、体の中で朝日が昇るようだ。

仕事中も常にコーヒー。集中しすぎて、ほったらかしにして、「あぁ……冷めちゃった……」ということもやらかすんだけど、ヒートアップした脳を休めるのにも一役買ってくれる憎いやつ。

コーヒーを飲む時は、大学に入学した時に、母がくれたDANSKの赤いマグカップを使う。
たまに、浮気して紅茶を飲むことに使うこともあるけれど、このマグカップとコーヒーの組み合わせが、とてもしっくりきて、好き。程よい分厚さと、程よい重さ、そして元気いっぱいの赤。両手で包み込むように持って、フーフーとちょっとずつ飲む。猫舌だからフーフーが欠かせないの。


「食後の飲み物はコーヒーか紅茶か、どちらにしますか」
「コーヒーをください。ミルクもお砂糖もいりません。ブラックで」

いつの間にか、母のセリフがうつっていた。
今は、離れて暮らす母が好きなこの苦味を魅力を感じることができるようになった幸せをかみしめる。


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《追伸》
突然、コーヒーについて書いてみようかしらと思い立ったのは、友人が関わっているプロジェクトを知ったことがきっかけだ。

世界中の人々が、自宅で思い思いのコーヒーを入れて、
みんなでひとつのテーブルを囲むように、
同じ時を過ごそう。幸せな気持ちに浸ろう。
地域や国籍、世代、性別を超えて、幸せなひとときを共に過ごそう。

これは「おうちでコーヒーで、世界平和を。#おうちコーヒー #BrewHome #Covid19のステイトメントの一部。世界中が新型コロナウイルスで、先行き不透明な今、多くの人が孤独や不安を感じているかもしれない。そんな中で、「コーヒーが幸せなひとときをもたらしてくれる」という想いのもと、毎日、決められた時間にzoom上で、みんなでコーヒー片手に集まって、コーヒー時間をシェアするプロジェクト。

このプロジェクトを教えてもらった時、「好き」が集まって、幸せが伝播していくのって素敵だなと感じた。コーヒーだけでなく、「好き」の気持ちは、いろんな壁を超えて世界中の人と繋いでくれるよね。いつの日だっただろう、とある美術史家の方に「好き をつら抜くと、地球の反対側にいる人とも繋がれるんだよ」という言葉をいただいたことがある。心に響いた言葉だ。今では、ネットを介して、本当に世界中の誰とでも容易に繋がることができる。いつの日か、どこかで、出会えるかもしれない、あなたを想像しながら、わたしも「好き」を大切に、日々、生活しようと思う。



【プロフィール】
中村翔子(なかむら・しょうこ)
本屋しゃん/フリーランス企画家
1987年新潟生まれ。本とアートを軸にトークイベントやワークショップを企画。青山ブックセンター・青山ブックスクールでのイベント企画担当、銀座 蔦屋書店アートコンシェルジュを経て、2019年春にフリーランス「本屋しゃん」宣言。同時に下北沢のBOOK SHOP TRAVELLERを間借りし、「本屋しゃんの本屋さん」の運営をはじめる。本好きとアート好きの架け橋になりたい。 バナナ好き。本屋しゃんの似顔絵とロゴはアーティスト牛木匡憲さんに描いていただきました。


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