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『幼年期の終り』 – 日めくり文庫本【12月】

【12月16日】

 ラインホールドがその小高い岩山を降りはじめたとき、すでに満天には無数の星がきらめいていた。彼方の海上では、フォレスタル号がいまだにその光の指で水面をなでまわし、浜辺に組みたてられたコロンブス号の周囲の足場は、電飾をほどこしたクリスマス・ツリーに変貌していた。突き出た船首だけが、星空を背景に黒々と浮きあがっていた。
 宿舎のほうから、ラジオがダンス音楽をがなりたてているのが聞こえてきた。無意識のうちに、ラインホールドはそのリズムにあわせて足を速めていた。砂浜にそった狭い道路に達しかけたときだった。ある種の予感、不思議な胸騒ぎのようなものが、彼の足を止めさせた。首をひねりながら、彼は陸から海へ、海から陸へと視線を走らせた。彼が空を見あげることに思いいたったのは、しばらく後のことだった。
 そしてラインホールド・ホフマンは知ったのだ——ちょうどこの瞬間にコンラッド・シュナイダーが知ったと同じように、自分がこの競争に遅れをとったことを。しかもその遅れが、いままでひそかに恐れていたような数週間か数カ月の遅れではなく、幾千年もの遅れであったことを。その無数の沈黙の影——ラインホールドが想像したよりもさらに何キロも高い星空を飛んでいくその無数の巨大な飛行物体は、彼の小さなコロンブス号と旧石器時代人の丸木舟との差以上に、はるかに進んだものだった。その一瞬——永遠とも思える一瞬ののち、ラインホールドが見守り、そして全世界が見守るうちに、その巨大な宇宙船の群は圧倒的な威厳をもって降下してきた。そして、ついに彼の耳にも、それらが成層圏の希薄な大気の中を通過するかすかな悲鳴のような音が聞こえてきた。
 生涯を賭けた仕事が一瞬のうちに消え去っていくのを見ながらも、彼は悲しみは感じなかった。彼は人類を星々へ到達させるために汗を流した。そして、まさにその成功のまぎわに、星が——冷やかな、超然とした星が——逆に彼のほうへ降りてきたのだ。これこそ、歴史が息をひそめる一瞬であり、現在が過去から断ち切られる瞬間なのだった。あたかも、氷山がその凍りついた母なる大絶壁を離れて一人孤高を誇りつつ大海へ乗り出していくように……。過去の世代が達成したことは、いまやすべて無にひとしい。ラインホールドの頭の中には、ただ一つの思いだけがくりかえしくりかえしこだましていた。
 人類はもはや孤独ではないのだ。

「プロローグ」より

——アーサー・C・クラーク『幼年期の終り』(ハヤカワ文庫 SF,1979年)15 – 16ページ


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