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『巨匠とマルガリータ』 – 日めくり文庫本【12月】

【12月6日】

 このとき、さきほどから悩まされていたしゃっくりを抑えようとして息を殺したために、これまでよりもいっそうしつこく大きなしゃっくりが出てきたが、その瞬間、外国人が突然立ち上がり、近寄ってきたのを見て、ベルリオーズは話を中断した。
 二人を驚いて外国人をみつめた。
「どうか、お許しください」外国人らしい妙ななまりはあるものの、正しい言葉づかいで近づいてきた男は言った。「見ず知らずの者がいきなり話しかけたりしまして……それでも、学問的な話題にはとても興味をそそられましたので、つい……」
 そこで、外国人は礼儀正しくベレー帽を脱いだので、二人のほうも腰をあげて、挨拶するほかなかった。
《いや、どちらかといえばフランス人だ……》とベルリオーズは思った。
《ポーランド人かな?……》とイワンは思った。
 ここで付け加えておかなければならないのだが、最初の一言からして、この外国人は詩人には不愉快な印象を与えたものの、ベルリオーズのほうには、どちらかといえばよい印象、つまり、まったく好ましい印象を与えたというよりも、そう、いささかの興味を呼び起こしたとでもいっておこうか。
「こちらにすわってもよろしいですか?」と丁寧にたずねられて、断るわけにもゆかないベルリオーズとイワンがしぶしぶ席を空けると、外国人のほうは巧みに二人のあいだに腰をおろして、すぐさま話に割りこんだ。
「聞き間違いでなかったら、イエスはこの世に存在しなかったとかいうお話でしたね?」緑色をした左目をベルリオーズに向けながら外国人はたずねた。
「ええ、聞き間違いではありません」とベルリオーズは丁寧な口調で答えた。「確かに、そう言いましたよ」
「ああ、なんと面白い!」と外国人は叫んだ。
《こいつになんの関係があるというのだ?》とイワンは思い、顔をしかめた。
「このご意見に、あなたもご賛成なのですね?」と見知らぬ男は右側のイワンのほうをふり返ってたずねた。
「100パーセント賛成です!」気どった比喩的な表現の好きなイワンは答えた。

「第一部 1 見知らぬ人とは口をきくべからず」より

——ブルガーコフ『巨匠とマルガリータ (上)』(岩波文庫,2015年)18 – 19ページ


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