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『飛ぶ教室』 – 日めくり文庫本【12月】

【12月25日】

 外は雪が舞っていた。クリスマスが匂い立っていて、もう鼻先までできている……たいていの生徒は庭に走り出て、雪合戦に加わった。神妙な顔をやてくるのがいると、力まかせに木をゆさぶって、枝につもっている雪をドサドサと落下させた。庭には笑いがあふれていた。上級生が数人、タバコをふかしながらオーバーの襟を立て、しかつめらしくオリンポスへのぼっていく。(オリンポスとは庭のはずれのいわくありげな丘で、最上級生しかのぼれない。噂ばなしだが、そこには古代ゲルマン人の生け贄の石が据えてあって、毎年復活祭の前に、その石のそばで新上級生を迎える無気味な儀式がとり行われる。くわばらくわばら!)
 校舎にのこった生徒たちは上の階の自室にもどって、読書したり、手紙を書いたり、昼寝したり、勉強したりで、ピアノ室からは音楽がひびいていた。
 運動場は用務員が一週間前に水をはって凍らせており、いまやスケート場だった。やにわにそこで殴り合いがはじまった。アイスホッケーチームが練習にきたのに、スケートの連中が出ていこうっとしないからだ。何人かの一年生と二年生が雪かき棒とほうきをおしつけられて、指を凍らせ、ふくれっつらで氷の手入れにかかっていた。
 校舎の前に上気したようすの下級生たちがかたまって、上を見つめていた。七年生のゲープラーが四階の細い窓わくに足をのせ、壁づたいにとなりの部屋へわたろうとしていた。ハエのように壁にへばりつき、じりじりと一歩ずつにじっていく。
 ながめている少年たちは息を殺していた。

「第一章」より

——エーリヒ・ケストナー『飛ぶ教室』(新潮文庫,2014年)29 – 30ページ


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