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『ワインズバーグ、オハイオ』 – 日めくり文庫本【9月】

【9月13日】

 ジョージ・ウィラードは『ワインズバーグ・イーグル』紙で働き始めたとき、ジョー・ウェリングに捕まった。ジョーは青年を羨ましく思っていた。ジョーにすれば、自分こそ新聞記者になるべくして生まれた人間だったのだ。「俺がやるべき仕事だよ、これには疑いの余地がない」と彼はドーアティ飼料店の前の歩道でジョージ・ウィラードを呼び止め、言い放った。目は輝き、人差し指はピクピク震え始めた。「もちろん、スタンダード石油で働いたほうが給料はいいから、思いつきを言っているだけどね」と彼は付け加えた。「君が駄目だと言っているじゃないけど、俺が代わるべきなんだよ。俺なら余暇でできるからね。あっちこっちに行って、君が絶対に見つけられないようなネタを見つけられるさ」
 さらに興奮して来て、ジョー・ウェリングは若き新聞記者を飼料店の正面に追いつめた。物思いに我を忘れている様子で、目をギョロギョロさせ、細い手で神経質そうに髪を掻きむしる。それから微笑みが顔全体に広がり、金歯が光った。「メモ帳を出しなよ」と彼は命令した。「ポケットに小さな紙の束を入れてるだろ? そりゃ、入れてるよな。じゃあ、これをメモして老いてくれ。このあいだ思いついたんだ。腐敗を取り上げてみよう。腐敗って何だ? これは火なんだよ。腐敗は木やなんかを燃やすものだ。そう考えたことはなかったかい? そりゃ、ないよな。この歩道も飼料店も、この通りの木々も、みんな燃えているんだ。燃え上がっている。腐敗っていうのはいつも進んでいる。止まらない。水やペンキでは止められないんだ。じゃあ、鉄だったらどうだと思う? 錆びるだろ。あれも火だよ。世界は燃えているんだ。新聞の記事をこれで始めてみるといい。でっかい文字で、“世界は燃えている”ってな。みんなの目を惹きつけるぞ。君は賢いやつだって言われるようになる。俺はそれで構わん。君を羨んだりはしないよ。どこからともなく掴んだアイデアだからな。俺なら新聞の売り上げを倍増できる。それは君も認めなければならんだろう」
 急いで踵(きびす)を返し、ジョー・ウェリングは立ち去ろうとした。ところが数歩歩いたところで立ち止まり、振り返った。「君には注目し続けるよ」と彼は言った。「君を特ダネ記者にしてやる。俺は自分で新聞を始めるべきなんだ、俺がやるべきはそれだよ。すごい新聞を作れるぞ。それはみんなもわかっている」

「アイデアに溢れた人」より

——シャーウッド・アンダーソン『ワインズバーグ、オハイオ』(新潮文庫,2018年)125 – 127ページ


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