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『ルールズ・オブ・アトラクション』 – 日めくり文庫本【10月】

【10月4日】

ポール 俺のぼろラジオが、朝の七時に突然鳴り出して眠れなくなった。ベッドからはいずり出て、まず煙草に火を付けた。部屋の中が猛烈に寒いので、窓を閉める。(開けたら、頭蓋骨が真っ二つに裂けそうなので)まともに目を開けていられないが、ぼんやりと、自分のネクタイと下着(パンツ)と靴下が見える。何でこの三つしか身につけていないのだろう? いくら考えても思い当たらない。鏡の前に立って、じっくりと昨日の晩のことを思い出してみたが、無駄だった。よろける足でバスルームに行きシャワーを浴びる。温水がまだ残っているのが、嬉しかった。急いで着替えを済ますと、元気を奮い起こして朝食を食べに行った。
 外は実に気持ちがいい。十月、林に落ち葉が舞い始める頃で、冷たい朝の空気が爽快だ。灰色の雲に隠れた太陽は、まだそれほど高くない。でも俺の気分はまだ最悪だ、アナシンを五錠放り込んだのに、まるで効かない。寝惚け眼で、危うく両替機に二十ドル札を入れそうになった。郵便局の前を通ったが、時間が早すぎるので、俺のボックスは空っぽだった。煙草を買って食堂に上がる。
 列には誰も並んでいなかった。例の一年生の可愛い金髪の坊やが、カウンターの後ろに無言でつっ立っている。見たこともないような馬鹿でかい黒いサングラスをかけた坊やが、べちょべちょのスクランブル・エッグと、茶色の楊枝みたいに見える貧弱なソーセージを皿に盛ってくれた。見ただけで、食欲がなくなったので、その子を見ると、フライ返しを持って、つんとしていた。むらむらっとしていた気持ちが、むかむかに変わったので、煙草をくわえたまま、「気取るんじゃないよ」とつぶやきながら、コーヒー・カップを取った。
 開いているのは大食堂だけだったので、中に入ってレイモンド、ドナルド、それに、ドナルドとレイモンドが仲良くなった一年生の可愛い子ハリーと一緒に座った。ワム解散後に人生はあるか⁉︎ というようなことを悩んでいる典型的な一年生だ。連中はクリスタル・メスをやって一晩中起きていたという。実は俺も連中に誘われていたのだが、……食堂の反対側のテーブルに座っているミッチェルの後を追って、あのくだらないパーティに行くことになった。俺はミッチェルと、その横に座っているあばずれの方を見ないようにしているのに、つい目がいってしまう。こんなことなら、今朝一発かいておけばよかった。オカマの三人組は、一枚の紙を囲んで、生徒のブラックリストを作り出した。分速一マイルで口を動かしながらも、一応、俺のことを気にして頭を下げたので、俺は又座り直した。
「ロンドンに行って変なアクセントになって帰ってくる奴」レイモンドが、そう言うと、紙に何か書きなぐった。

——ブレット・イーストン・エリス『ルールズ・オブ・アトラクション』(ヴィレッジブックス,2003年)83 – 85ページ


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