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母がいた-23

僕はホラー映画が好きだ。おどろおどろしい音楽、緊張感のある映像。不気味な小物に練り上げられた脚本。本来は人それぞれであるはずの「怖い」という気持ちを、1本の映像で同時にたくさんの人から引き出す作品。たまらない。

最近暑くなってきて、そろそろ全国的に梅雨も明ける。さあ夏本番という感じがしてきたので、大好きなホラーをみんなにも観てもらうためにおすすめホラー映画ランキングまで作ってしまった。よろしければ下記からどうぞ。

ですけの作ったおすすめホラー映画ランキング10選

いつから好きになったのかは覚えていないけれど、小さいころは怖いものが大の苦手だった。90年代に多かった心霊番組やオカルト特集なんかも、少しテレビで流れていただけでその夜は両親の部屋で寝ていたくらい。あの頃はテレビの画質も悪く、鮮明に見えないからこそ想像の余地があって今よりも怖く感じていた気がする。あの頃の番組、また観たいなー。

小さいころの僕と同じく、母も怖いものがとっても苦手な人だった。心霊番組はもちろん、ホラー映画なんて絶対に観ないぞという人。ただ、何度か一緒にホラー映画を観たことがある。今日はその話を書いていこうと思う。

当時はもちろんサブスクなんてなかったので、我が家はレンタルビデオ屋によく通っていた。VHS全盛期。最寄りのビデオ屋さんは、「ビデオアメリカ」という今考えたらめっちゃ良い名前のお店と、個人経営の小さなお店の2つだった。片方になかった作品をもう片方で探す、みたいなことをしていた気がする。個人経営の方は、中学生にもえっちなビデオを貸してくれるらしいと先輩づてに聞き、友人たちとドキドキしながらお世話になったりもしたのだがそれは別のお話。

そんなビデオ屋さんには、まとめて借りると安くなるプランがあった。旧作(この響きも懐かしいな)10本1週間で800円とか、そんな感じの。毎回そのプランを利用していた我が家では、各々が借りたいものを合計してもせいぜい6・7本くらいにしかならなかったので、数合わせのために適当なものを数本借りるというのが定番になっていた。

当時のビデオ屋さんには(今もあるのかな?)返却されたビデオをもともと陳列されていた棚に収納するまでのあいだ置いておく「とりあえずスペース」があった。だいたいレジカウンターの向かいにデデンと鎮座する棚に、まとめて借りていたんだろうなというドラマの3~6巻が置いてあったり、同じ人が借りたであろうラブロマンス映画4本セットが並んでいたりした。あのスペース好きだったな。ただの並んだビデオから借りた人の想像をするのが楽しかった。

話が少しそれた。ともかく我が家はレンタル本数を10本にするために、「とりあえずスぺース」から何本か選んでいた。家族で棚を眺め、なんとなく気になったものを早いもの順でカゴに入れる。いつも姉や父がぽいぽい選んでしまうので、僕が選ぶころには目標の10本に到達しており毎回なんとなく悔しい思いをしていた。

なので、その日は目についたものをよく見ずにカゴに放り込んだ。自分が選んだものを借りて帰りたくて。そうしてVHSテープでいっぱいになったカゴを父がカウンターに持っていき、レンタルを済ませて仲良くお家へ帰る。

夕食時。母の料理を並べながら、借りてきたビデオを観ようという話になった。とはいえ各々趣味が違うので、何を観るかという議論は長引いてしまい、じゃあ例の「とりあえずスペース」から借りたものを観ればいいじゃないか、という話にまとまる。僕の選んだ(?)ビデオだ。そういえば何を借りたんだろう。適当に突っ込んだから覚えていない。

姉は「え、これ?」みたいな顔でビデオデッキにテープをいれる。それから頭まで巻き戻して再生されたのが、僕と母の苦手なホラー映画だった。何の映画だったかは覚えていないが、とにかく怖いやつだ。

「デロデロデロ……」と不気味な音が流れ、配給会社のロゴもなんだか不穏なものが多い気がする。母は「え、怖いやつ?ねえこれ怖いやつ?」としきりに姉の肩をゆすっていた。

もう再生してしまったし……ということで、我が家はホラーを観ながらの晩御飯となり、僕と母は終始びくびくしながらご飯を食べる羽目になった。恐怖演出の頻度が高くなるにつれ「お母さんもうこれ観たくないな…..」とこぼしている母を見ながら「僕も」と言いたかったが、自分が選んできた以上そうも言えず、父と姉に至っては割と楽しそうに観ていたので止めることもできないまま、僕は大きな音がしたときに味噌汁をこぼしたりしていた。ごはんの味はわからなかった。

結局最後まで観て、映画が終わるころには僕と母はぬけがらのようになっていた。間の悪いことにその日父は夜から出かけてしまい、家に残されたのは僕と母、それから姉の3人。姉はさっさとシャワーを浴びて寝ようとしていたが、怖くてたまらない僕と母に「一生のお願い」と頼み込まれて、しぶしぶ3人川の字で寝てくれた。

誰がどこで寝るかちょっともめたが、相談の結果姉を真ん中に置いて僕と母は両端で寝ることにした。姉という恐怖バリア(?)の効力的に片側が心許なかったので、それぞれ姉の反対側にはぬいぐるみを置くことでお化けを遠ざける。自分たちより先に姉が寝てしまうと怖がり2人が残されるので、僕と母はしきりに姉に「もう寝た?起きててね?」と声をかけつづけ「うるさい!」とキレられた。

結局姉はスピスピと寝息を立てはじめ、僕と母はしばらく寝付けないままふたりで話していた。「今日は怖いの借りてきてごめんね」「こわかったね」「今度はディズニーのにしようね」とか。そんなことを話しているうちに2人とも眠っていて、気付くと朝になっていた。

日の光というのはすごいもので、昨夜はあんなに怖かったビデオもなんてことのないただのVHSテープになっている。それでも僕と母は「適当に借りるのやめようね」とまじめに約束して、そそくさとテープをケースに戻して袋に放り込んだ。

母はあの時家族のために一生懸命怖いのを我慢して観てくれたんだろうな。優しい人だった。しばらく根に持ってはいたけど。数年くらいチクチク言われた気がする。よっぽど怖かったんだろうな。

今ではほぼ毎日何かしらのホラー映画を観ている僕。怖い映画にも慣れてきてしまっているけれど、あの日観たホラー映画のような、眠れなくなるくらい怖い体験をまたしてみたいな、と思いながら今日もサブスクを開いてホラー映画を探している。

息子のつまらない意地のせいで
眠れないくらい怖がって
それでも一緒に観てくれた
そんな、母がいた。

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