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『精霊に捕まって倒れる 医療者とモン族の患者、二つの文化の衝突』

『精霊に捕まって倒れる 医療者とモン族の患者、二つの文化の衝突』アン・ファディマン著

精霊に捕まって倒れる。
これって何のことだと思いますか?

生物医学的な文脈では、てんかんの発作で意識を失っている状態のこと。
モン族の文脈では、悪い精霊に捕まってその人の魂が抜け出ている状態のこと。

そんな一大事をわずらったアメリカ在住モン族の女の子リアと、彼女に関わることになった大勢の人たちのノンフィクションです。

親としてわが子の最善を願いながら
医療者として患者の最善を願いながら
どちらも自分が"正しい"と信じて行動するけれど、

通じてないのに通じるフリしちゃったり、
通じていると勝手に判断しちゃったり、
もどかしいほど噛み合わないまま時は進んでゆきます。

そして、次々にお互いの想定とちがうことが起き、信頼関係は崩れ、ついには大変つらい事態を迎えることに、、、

第三者的視点でみると「どうしてこんなことに…!」とすれ違い具合に胸を痛めつつ、その一方で自分に問いかけられているようにも感じました。

自分の大切にしている文化を何もわかってくれていないように見える人を信頼できるだろうか。
異なる文化を生きる人を目の前にして戸惑ったり苛立ったりせずにいられるだろうか。

とてつもなく難しい。
でも難しいからこそ、知りたいし、知ってほしい、大事にしたいし、大事にされたい、とも思います。

おそらく、異文化だけでなく、文化を共にしていると思い込んでいる人同士であっても、多かれ少なかれ日々すれ違って(時に傷つけたり傷つけられたりもして)いるのでしょうから、全然他人事ではありません。

この問題について、両者の文化を掘り下げ、両者の生の声を聴きながら、敬意と愛と中立をもって、400ページにわたって書き上げている本書。圧巻です。

大ボリュームであることには間違いないのですが、おそらく筆者のキャラクターとジャーナリストという職業柄もあって、堅苦しすぎない語り口で読みやすいです。

あわせて忠平美幸さん、齋藤慎子さんの訳もとっても素晴らしいんです。登場人物がしゃべっている言葉や口調が生き生きしてリアルというか、まさに目の前でしゃべっている。そんな感じです。

読んでいるうちはあまり感じないのですが、本書はもともと1997年に出版です。2012年に15周年記念版が出版、私はその翻訳版(2021年出版)を読みました。もちろん時代による文化の移り変わりはあるものの、このリアをめぐる物語と考察が心を揺さぶるものであることは何十年経っても変わりありませんでした。

小児の患者-家族-医療者コミュニケーション、異文化コミュニケーション、医療人類学、ナラティブ、アーサー・クラインマン、、、このあたりに興味がある方は、ぜひ読んでみていただきたい一冊です。