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自然に曲がった枝の味わいを生かす至極の花・臥龍梅|花の道しるべ from 京都

華道家元・笹岡隆甫氏による、花にまつわる文化・歴史的背景をひも解く連載コラム『花の道しるべ from 京都』。第7回は日本人にとって特別な花である梅です。独特の風情を生かした様々ないけ方が伝えられ、華道家にとって挑戦しがいのある花だといいます。笹岡さんが毎年ご家族で訪れる北野天満宮(京都市上京区)の梅苑が「花の庭」として再建、先月26日には記念式典が行われ、話題となりました。

 京都には、有名な縁日が二つある。21日の弘法さんと、25日の天神さん。それぞれ、東寺を開いた弘法大師空海、北野天満宮のご祭神である菅原道真公のご命日だ。

 これらの縁日は、京都の暮らしの中に自然と溶け込んでいる。たとえば、私が通っていたカトリックの高校は北野天満宮のすぐ近くだったので、12月24日のクリスマスタブローを終えると、翌25日にはしまい天神に参拝するのが、年末の定番といった具合だった。

 天神さんの参道には、お祭りのように露店が立ち並び、大勢の人出でにぎわう。骨董市や手作り市でも知られ、それを目的に訪れる参拝者も多い。道真公が梅を愛したと言われることから、境内には50種約1,500本が、植えられており、梅の名所としても知られる。道真公が大宰府へ移る前に詠んだのも梅の花だ。

東風こち吹かば 匂ひおこせよ 梅の花 あるじなしとて 春を忘るな」 
菅原道真

写真差替え② 国宝御本殿と飛梅

北野天満宮本殿前の梅と松

 毎年2月に入ると公開される北野天満宮の梅苑に家族でお邪魔する。梅苑内の茶店で、上七軒の老松*さんによる茶菓接待が行われており、そこで七軒団子をいただくのがわが家の定番だ。

老松* 1908年創業の和菓子店。朝廷の儀式などに献上される菓子をつくってきた名店。

花の庭

北野天満宮の「花の庭」
江戸時代の歌人・松永貞徳ていとくが京都に造った「雪月花の三名園」のうち北野天満宮の「花の庭」は明治期の神仏分離政策で取り壊されていたが、かつての庭石を用いた枯山水などが再建され、先月26日には記念式典が開催された。現存している妙満寺(左京区)の「雪の庭」、清水寺(東山区)の「月の庭」と合わせ、三名園が揃った。

 梅は古来、日本人にとって特別な花だ。平安時代初期までは、花と言えば梅を指した。万葉集には、梅を題材としたものが100首以上あり、萩の花に次いでよく詠まれている。紫宸殿ししんでん南庭だんてい*に植えられた左近さこんの花も、かつては梅であり、天徳4年(960)の内裏炎上の後、桜に替えられたという。

紫宸殿南庭* 京都御所の本殿。即位礼など公式の儀式が行われる場。その前に広がるのが南庭。現在は紫宸殿の東側に桜、西側に橘が植えられている

北野天満宮 花の庭

 新春にも重宝する梅だが、1月には高価で、稽古花として普段使いができるようになるのは2月に入ってから。屈曲した枝ぶりが特徴の梅には、その独特の風情を生かした様々ないけ方が伝えられており、挑戦しがいがある花材だ。

 例えば、「臥龍梅がりょうばい」と呼ばれる花姿がある。臥龍梅は、もともと東京・亀戸にあった梅の名木。地面に向かって伸びた枝が土に潜って根を生じ、そこからまた枝が伸びる、といった具合に、まるで地を這うように波打つ枝の姿が、龍が横たわったように見えたため、この名がつけられた。いけばなでは、土の代わりに水に枝を潜らせる。自然に曲がった枝の味わいを活かしていける至極しごくの花だ。

梅2

 臥龍梅をいける際には、屈曲した枝ぶりを際立たせるため、作品の一箇所に交差した枝を故意に残す。この交差した枝が漢字の女という字を描いているように見えるので「女画じょかく」と呼ぶ。漆工芸の蒔絵などで梅の枝を描く場合にも、梅らしさを強調するため女画を用いる。

 また、臥龍梅には「ずわえ」を加える。ずわえとは、枝や幹から細長くまっすぐ伸びた若枝のこと。老いてなお若々しい枝を伸ばす梅の老木の風情を尊び、古木にはこのずわえを添えていける。

 少子高齢化が加速する中、シニア世代の役割はひときわ重要になってくる。特に、文化・教育の分野では、広い知識と豊富な人生経験を合わせ持ったシニア世代の活躍が期待される。子どもたちは、祖父母の世代と触れ合うことで、親世代とは違った様々な価値観があることを学ぶ。私もそうだが、友人の能楽師や日本舞踊家にも、祖父母が師匠という人が多い。両親の言うことには反発したくなるが、祖父母の世代の話はなぜか素直に聞ける。

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 老若の対比が美しい臥龍梅にならい、私たちも老若の触れ合いをより一層大事にしたいものだ。

文・写真=笹岡隆甫 写真提供=北野天満宮

北野天満宮 梅苑「花の庭」
[公開期間]3月下旬まで(開花状況により閉苑日を決定いたします)
[受付時間]9:00~16:00(閉苑)
[受付終了]15:40
https://kitanotenmangu.or.jp/

笹岡さんプロフ

笹岡隆甫(ささおか・りゅうほ)
華道「未生流笹岡」家元。京都ノートルダム女子大学 客員教授。大正大学 客員教授。1974年京都生まれ。京都大学工学部建築学科卒、同大学院修士課程修了。2011年11月、「未生流笹岡」三代家元継承。舞台芸術としてのいけばなの可能性を追求し、2016年にはG7伊勢志摩サミットの会場装花を担当。近著に『いけばな』(新潮新書)。
●未生流笹岡
http://www.kadou.net/

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