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延岡・直ちゃんの元祖チキン南蛮(宮崎県延岡市)|柳家喬太郎の旅メシ道中記

当代一の落語家・柳家喬太郎師匠。お声がかかれば全国あちこち、笑いを届けに出かけます。旅の合間の楽しみは、こころに沁みる土地の味。大好きなあのメシ、もう一度食べたいあのメシ、今日もどこかで旅のメシ──。この連載「旅メシ道中記」では、喬太郎師匠の旅メシをご紹介します。

 意表をつかれました。サクッとしてるもんだと思って食べたら、衣がふわふわなんです。直ちゃんの「元祖チキン南蛮」は。

 しかもねあなた、おなじみのタルタルソースがかかってないんですよ! ドレッシングみたいなさっぱりした甘酢ダレで食べるのです! この甘酢がまたやさしい酸味と甘さで絶妙な塩梅なのです! 鶏肉もムネと思えないほど柔らかくってジューシーで、下に敷かれたざく切りキャベツを甘酢に絡めて一緒に食べたら……何かもう夢中で平らげちゃってさ、味変用のマスタードと柚子胡椒があるの食べ終わってから気づいたよ!

 聞けば、ふわふわの衣の正体はパン粉ではなく、「卵」。小麦粉をまぶした鶏肉を卵液につけて揚げるのですが、別に卵液だけを箸で油に落として揚げて、それを鶏肉にまとわせるんだそうです。まったく胃にもたれないのは、この衣のおかげなのかなぁ。おそらく、直ちゃんでしか食べられないチキン南蛮だと思います。いやぁ良い意味で予想を裏切られました……というのも、今回は僕の「旅の思い出の味」ではなく「思い出の人が愛した味」を知るために、延岡までやって来たわけなのです。

その人は、ペテカン*という劇団で脚本・演出を手掛け、俳優としても活躍した本田まこさん。5〜6年前、彼が故郷・延岡のグルメを紹介するテレビ番組にレポーターとして出ていて、直ちゃんを訪ねていたんです。

 本田さんとはたくさん仕事をしました。彼の脚本で2017年に公開された映画「スプリング、ハズ、カム」では主演を務めさせてもらったし、僕が創った新作落語の「ハンバーグができるまで」をペテカンで舞台化してくれた。本田さんは原作の落語にはない「人生演出家」という役を演じてね。空の上から人の人生を演出する不思議な役だったなぁ。いつも面白いことを考えてて落語が好きで、心に熱いものを持ってるけど暑苦しくなくて、何かを声高に叫ぶ人じゃなかった。そう、本田さんの脚本は直ちゃんのチキン南蛮みたいでした。独自の味わいがあるんだけど押し付けがましくなくて、やさしさがあって、飽きがこない。そういう芝居を書く人でした。

 病に倒れ、47歳でほんとに空の上に行っちまってからもうすぐ3年。生前、ときどき電話をくれてました。あっちと電話できるなら話したいな。「本田さん、直ちゃん行ってきたよ。チキン南蛮、すっげーうまかった」って。 (談)

談=柳家喬太郎 絵=大崎𠮷之

*主宰の濱田龍司、脚本・演出の本田誠人を中心に1995(平成7)年に旗揚げ。2024(令和6)年で結成29年になる劇団

【直ちゃんの元祖チキン南蛮】
昭和30年代、延岡市の洋食店で賄いとして作られていた「揚げた鶏肉を甘酢に漬けた料理」がチキン南蛮のルーツともいわれ、その店で修業した直ちゃんの初代・後藤直さんが1964(昭和39)年頃に独自の工夫を加えてメニュー化した。 
※チキン南蛮の発祥・元祖については諸説あります

直ちゃん
☎0982-32-2052 
[所]宮崎県延岡市栄町9-3
[時]11:00~13:45、17:00~19:45 
*売り切れ次第終了
[休]月曜の夜、火曜 
[料]元祖チキン南蛮定食1,100円

柳家喬太郎(やなぎや きょうたろう)
落語家。1963年、東京都世田谷区生まれ。大学卒業後、書店勤務を経て89年に柳家さん喬に入門。2000年真打昇進。新宿にある宮崎のアンテナショップ「新宿みやざき館KONNE」にたまに行く。日向夏のジュースが好き。

出典:ひととき2024年1月号

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