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旅を諦めない トミヤマ ユキコ(ライター・マンガ研究者)

小説家、エッセイスト、画家、音楽家、研究者、俳優、伝統文化の担い手など、各界でご活躍中の多彩な方々を筆者に迎え「思い出の旅」や「旅の楽しさ・すばらしさ」についてご寄稿いただきます。笑いあり、共感あり、旅好き必読のエッセイ連載です。(ひととき2023年3月号「そして旅へ」より)

 知らない街を散歩するのが大好きで、長距離移動もお手のもの! でも、自宅以外だと全く眠れないし、眠れないせいですごく体力を奪われてしまう……。そんな虚弱人間にとって、旅は楽しくも苦しいものである。

 いわゆる「枕が変わると眠れない」というやつかと思い、自宅から枕を持参したこともあるが、やっぱりうまく眠れない。枕じゃなければ布団かなと思い、持ち運びができるマットレスも買ってみた。スポーツ選手などが海外遠征の際などに使う立派なものをただの眠れない旅行好きが使うなんて大袈裟すぎる。が、背に腹は代えられない。これで悩みが解決するなら安いものだと思ったが、やっぱり眠れなかった。

 どうやら原因は寝具じゃないとわかったが、じゃあなんなのか。次の手が見つからないまま、ひとまずネックピローを探す作戦に切り替えた。夜に眠れないなら、昼に眠ればいいじゃない。睡眠界のマリー・アントワネットはそんな風に考えたのである。

 長距離移動を快適なお昼寝タイムに変えるべく、いくつものネックピローを試した。これは3年くらいかけて正解を見つけだし、ネックピロー迷子からは卒業することができた(わたしの場合、「むちうちの治療ですか?」というくらいがっちり首を固定してくれるネックピローが一番よく眠れました、ご参考まで)。

 いや、しかし、これでいいのか。こんなのは妥協だ。お前、相変わらず夜はぜんぜん眠れてないだろう。真っ暗な部屋で、布団にもぐってはいるけれど、目だけギラギラしているだろう。心がそう言っている。コロナ禍の真っ只中にいるときは、旅行の機会もないので忘れていたけれど、全国的にちょっとずつ旅行が解禁されるにしたがって、再び旅先で眠れない問題が鎌首をもたげだした。

 そんな矢先、ユニークな耳栓と出会った。音を完全にシャットアウトするのではなく、27デシベルだけ低減してくれるというもの。完全無音になるのは避けたくて(怖がり)、耳栓は使ってこなかったけどこれならいけるかも……。そう思い試してみると、熟睡とまではいかないが、最低限の眠りが確保され、元気がかなりチャージされた状態で起きられるではないか。対策ナシだと30パーセントくらいしかチャージされていないのが、70パーセントくらいはある感じ。これならば、2日目以降も楽しい旅にできる。ああ、わたしの不眠は聴覚過敏から来ていたのか。長年の謎が解けて、とてもうれしかった。

 これは、43歳になってようやく旅と仲良くなれた人間の話であり、どこでも眠れるひとや、眠れなくてもなんとかなるひとには、まったく共感してもらえない話だと思うが、どうしても旅を諦めきれなかった人間のがんばりをほんの少しでいいので褒めてほしい(笑)。

 旅雑誌にこういうひとはあんまり登場しないかもしれない。でも、虚弱な旅人たちは今日も日本のどこかにいて、苦労しながら旅をしているのである。

文= トミヤマ ユキコ イラストレーション=駿高泰子

トミヤマ ユキコ
ライター・マンガ研究者。1979年、秋田県生まれ。早稲田大学法学部、同大大学院文学研究科を経て、2019年から東北芸術工科大学の教員に。著書に『少女マンガのブサイク女子考』(左右社)、『40歳までにオシャレになりたい!』(扶桑社)、『パンケーキ・ノート』(リトルモア)など。

出典:ひととき2023年3月号

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