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親鸞の話法に学ぶ|齋藤孝『図解 歎異抄』より(5)

歎異抄たんにしょう』は、司馬遼太郎や吉本隆明、西田幾多郎などの知識人にも多大な影響を与えた宗教書です。中世最大の宗教者であった親鸞しんらんの生の言葉を聞いていた弟子が、親鸞没後の世界にはびこる「異説」を「なげき」、正しい言葉を伝えていこうというのが基本スタイル。時代を超えた命題を提示し、ずっと考え続けられる、奥深い魅力を持っています。古今東西の多数の名著を解読してきた齋藤孝先生の新刊図解 歎異抄から、そのエッセンスをお届けします。今回は、親鸞の話法について。

図解 歎異抄』齋藤孝 著(ウェッジ)
2022年12月20日発売

親鸞の話法には、いくつか特徴があります。

まず、逆説が多いのです。一見ほんとうのことに背いているようだけれど、実は真理をついている表現のことですね。第三条の悪人正機説など、その典型です。

「善人なほもって往生をとぐ。いはんや悪人をや」というくだりは、高校時代に社会科、日本史、倫理社会などの資料として、みんな読んだ経験があるでしょう。ほとんどの日本人が知っているフレーズなのです。

こんな圧倒的なキラーフレーズを生み出せる、「逆説力」ともいえる表現力を、親鸞はもっているので、その語り、教えには非常にインパクトがあります。これまで頭に入っていた一般的な概念、思い込みを砕いてくれるからですね。逆説には、目を覚ます効果があります。

昭和を代表する教育者に、斎藤喜博きはく(1911-1981)という先生がおられました。群馬県の島小学校の校長先生をなさって、子どもたちの教育に腐心された方です。その斎藤先生が「概念砕き」ということをおっしゃっていました。「いままでの思い込みという概念を砕いていくことが教育なのだ」という考え方です。そういう点では、親鸞の逆説法にも通じるところがあるように思えます。親鸞は教育者としてもたいへん優れていたのですね。

次に、「弟子の問いかけに答える」という方法も多くみられます。

第九条で、唯円が「自分は念仏しても、どうしても躍りあがるような喜びの心が得られない、どうしたらよいでしょう」と、親鸞に尋ねるところがあります。すると師は、「実は、私もそうなのだよ」と応対している。

問うた唯円は、「師も自分と同じ悩みもっていたんだ」と、とても安心したと思います。師に対して気兼ねなく問いかけができ、それにきちんと返答をしていく、という先生と生徒の関係は、とても素晴らしいものです。

これは『論語』の師弟関係にも似ているところがあります。弟子たちが孔子に、非常にリラックスした状態で、「先生の志って、何ですか?」とか、「先生の中で、一生ハマっていても悔いのないものって何ですか?」とか、尋ねるのをちょっと遠慮するようなことを、ズバリと聞くのです。それに答える孔子の言葉が弟子たちによって記されて、素晴らしい教えとなって、いまの世に伝わっている。弟子たちが師に対して、自由にあれこれ聞けたということが、とてもよい結果を生んだわけです。

言葉の生命は、書き言葉のほうが長く続くと思われるようですが、実は、語られた言葉のほうが寿命が長いことがあります。録音機もない時代ですから、消えていってしまう言葉を、どこかで誰かがまとめて残し、それが、『論語』や仏典や聖書になり、この『歎異抄』にもなって、人びとに受け継がれていくのですね。

第十三条にも、おもしろいトリック的な問答が出てきますので、ご覧ください。意表をついたたとえを使って教え諭す、親鸞の説き方がとても上手で、たいへん効果的なのです。さらに、異なるものAとBを対比、比較して、その違いを明確にしていく、という話法も多くみられます。これについては、第十五条にもありますし、第四条や第十七条などにも出てきます。

こうした『歎異抄』の話法は、いまでもプレゼンテーションなど、自分のいいたいことを人に伝えたいときに活用できますね。ハッとするような、意表をついたたとえを使ったり、「えっ?!」って思うようなタイトルを付けたりすると、説得力が出てくると思います。

あるいは、「問いかけに対して答える」というような形での話の進め方も、有効でしょうし、また、AとBの対比を活用すれば、より鮮明に理解してもらえることにもなります。『歎異抄』からは、現代でも生かせる話法を、いろいろと学ぶことができるのです。

齋藤孝先生の新刊『図解 歎異抄』では、原文と抄訳を掲げたうえで、その内容を図解とともにわかりやすく解説しています。この機会に、多くの知識人に絶大な影響を与えてきた『歎異抄』の考え方や精神のあり方を吸収してみてはいかがでしょうか?

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齋藤 孝(さいとう・たかし)
明治大学文学部教授。1960 年静岡県生まれ。東京大学法学部卒業。同大学院教育学研究科博士課程を経て現職。専門は、教育学、身体論、コミュニケーション論。著書多数。新刊に『書ける人だけが手にするもの』(SB新書)、『60代の論語 人生を豊かにする100 の言葉』(祥伝社新書)がある。

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