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大仏と石で感じるマニアの世界(茨城県牛久市・大洗町)|ホンタビ! 文=川内有緒

作家の川内有緒さんが、本に動かされて旅へ出る連載「ホンタビ!」。登場人物を思うのか、著者について考えるのか、それとも誰かに会ったり、何か食べたり、遊んだり? さて、今月はどこに行こう。本を旅する、本で旅する。

 巨大仏を見にいく。それが今回の旅の唯一の目的であり、それ以上でもそれ以下でもない。別に熱い信仰心があるわけでもなく、宮田たまさんの『晴れた日は巨大仏を見に』の影響だった。

[今月の本]
宮田珠己著
『晴れた日は 巨大仏を見に』 (幻冬舎文庫)
風景の中に突然、ウルトラマンより大きな仏像が現れたら……。北は北海道の北海道大観音から南は長崎県の七ツ釜聖観音(現在は撤去)まで、日本各地に点在する40メートル(初代ウルトラマンの身長)以上の巨大仏を巡り、その唐突かつ不思議な景色を味わう紀行エッセイ。*文庫版の表紙になっているのは牛久大仏。表紙とほぼ同じアングルで著者ご本人に持っていただきました

 迎えた旅の当日、お天気は見事な快晴。絶好の巨大仏日和である。そして今回の案内人は、なんと宮田珠己さんご本人ときている。この連載2年目にして初の著者登場に「きゃあああ、宮田さああん! ありがとうございます!」と私も歓迎モード全開! なんという贅沢な旅だろうか。

取材日(9月下旬)洋服がまさかのボーダー被りになった宮田珠己さん(右)と川内さん。10年ほど前からの知り合いで、道中思い出話に花が咲く!

 この本で、宮田さんは国内の高さ40メートル以上の巨大仏全てをめぐっているが、中でも大きさナンバーワンを誇るのが牛久大仏で、今日我々もそれを目指す。

日本最大の牛久大仏。120メートルという高さは阿弥陀如来の12の光明(智慧や慈悲の象徴として仏が放つ光)にちなんでいる。1995年には世界一高い青銅製仏像としてギネス世界記録に登録された。拝観料大人800円ほか ☎029-889-2931

「宮田さんにとって巨大仏の魅力ってなんですか」と車中で尋ねると「風景の中にある違和感! だって、おかしいじゃないですか。突然町にウルトラマンが現れたみたいで」と目を輝かせた。なるほどー、違和感ですか!

 巨大仏を見る瞬間、ふと不気味な感じがよぎるのは、〝ぬっ〟と何かが異世界から顔をのぞかせているからなのだ。そして、異世界がのぞくまさにその感じが、見る者の好奇心をくすぐるのかもしれない。

 ちなみにM78星雲の「光の国」からやってきたウルトラマンの身長は40メートル。対して牛久大仏は3倍の120メートル。バルタン星人も一撃で倒し、地球を救えそうだ。

 高速を降りてしばらくすると、遠くにチラチラと何か物体が見え始めた。

「いた! いま頭が見えた!」と宮田さんが叫ぶ。

「どこですか!!」

「右の方! 林の向こう側」

「ちらっと見えたかも!」 

 そして、幹線道路に入ると、「出たー!!!」と我々の声はシンクロ。
 その姿が現れた瞬間、思考が停止した。だってデカいんだもん。のどかな風景の中で、「なぜあなたはここにやって来たんですか!?」とインタビューしたくなった。

ごく普通の風景の中に立つ牛久大仏。宮田さんいわく突然“ぬっ”と現れる驚きが巨大仏の魅力

 牛久大仏は、浄土真宗東本願寺により1993(平成5)年に造立され、広い庭園内に立っている。園内には芝生広場やふれあい動物園、仲見世もあり、さあ、違和感なんか全て忘れてファミリーもカップルも大いに楽しんでいってください! という心遣いが感じられる。

牛久大仏 1.2階の蓮華座部分(天候条件の良い日のみ開放)から見上げる大仏様。迫力満点!

 私たちも散歩気分で、ゆっくりと大仏様に近づいた。すると、目の錯覚なのか、もはやさっきより小さく見えるという怪現象が起こった。

「不思議! こうなるとなにか比較する基準が欲しいですね!」と私が言うと、すかさず宮田さんが「自由の女神像は46メートル*です」と答えた。

*台座部を含めると93メートル

「えっ。意外と小さいですね。じゃあ、奈良の大仏は? 修学旅行で見て巨大な印象だったけど」

「小さいですよ。15メートルかな」

 さすがだ。大正解!

 牛久大仏は、ファンタジックな光の空間があり、写経をしたり、瞑想したりなどの胎内アクティビティーも充実。文字通り懐すらもジャンボサイズである。一方で宮田さんは、「巨大仏は遠くから近づいてきて、最初に見えた瞬間の違和感が一番面白い」という人なので明らかに関心が薄そうだ。ただ「てっぺんってどうなってるのかな! 入ってみたい」と一般公開されてない場所には興味津々。帰りがけには、牛久大仏の造立過程を追ったレアな写真集も購入。なんだかんだ言っても巨大仏マニアである。

牛久大仏 胸部と背中、両腕にはスリット状の展望窓が
胎内には、足の親指の原寸大の模型や造立工事の様子のパネル展示も
 「ずっと欲しかったんです!」と牛久大仏の写真集をすかさずゲットする宮田さん

 巨大仏を見るためだけに日本中へ出かけていくという、そのバカバカしさが晴れがましくて、自分の性に合っていた。(中略)オタク的感性が私のなかにあったのだろう。

 堪能した私たちは、河童かっぱ伝説がある牛久沼に向かうことにした。牛久には「かっぱ祭り」もあり、牛久に来たら牛久沼というのは自然な流れだが、宮田さんは「沼なんか見ても、ああ、沼だね〜くらいしか言えないんじゃないですか⁉ もうこのまま大洗海岸に石を拾いにいきましょう」と言い出した。

 へっ? 石? そうだ、宮田さんには『いい感じの石ころを拾いに』(中公文庫)という著書もある。石拾いが沼以上に面白いかは不明だが、もともと沼への思い入れもない私は「じゃあ、そうしましょう」とあっさり方向転換。北北東に進路を取った。

石拾いの前に名物のうなぎで腹拵えしようと、牛久駅近くの「うなぎ やす川」へ。ふっくらとした江戸前の蒲焼に舌鼓を打つ ☎029-872-7119

 それにしても、宮田さんは大仏やら石ころやらジェットコースターやら、いつもユニークなものを求めて旅している。世の中には本当に色々なマニアがいるんですね、と世界の広さを感じさせるが、宮田さんは「いや、真のマニアってこんなもんじゃないですよ!」とアツく語り始めた。彼によれば、日本にはあんきょマニアや植栽マニア、ホースマニア(蛇口につなげるホース)、ファサードマニア、片手袋マニア(路上に落ちている片方だけの手袋)などもいるという。

「指さした先に必ずマニアはいるんですよ!」という名言も飛び出した頃に、大洗海岸に到着した。

「石拾い」と聞いて、宮田さん以外の全員が疑問符を浮かべながら辿り着いた大洗海岸。気づけば皆が石拾いに夢中になっていた。「青森県や島根県も“いい感じの石”が多いんですよ」と宮田さん

 おっ? 海岸には、大小色々な色や形の石がわちゃわちゃ転がっている。宮田さんは身をかがめ、一心に石を吟味し始めた。探すのは「なんかいい感じの石ころ」。とはいえ1時間前まで石を拾おうとは微塵も思っていなかった私にはその「いい感じ」が分からない。とりあえず個性的な色や縞模様の石などを集める。手の中には10個くらいの石がたまった。

 さて、日もすっかり傾き、もう帰りましょうという段階で、何気ない石に目がとまった。灰色と白の地味な見た目ながら、ざらざらした感触と大きさが自分の手にしっくりと馴染む。その温もりと安心感に惹かれ、そうだ、大勢の前で話すときなど、これを握っていたら緊張しないかも、と思いついた。

「いい感じの石と出会えました!」と報告すると、宮田さんも嬉しそうだ。

「でしょ! 最初は、みんな、えー、石? 石なんか拾ってどうするんですか、とか冷たく言うんだけど、最後はホクホク顔で帰るんだよねっ」

 家に持って帰ると、7歳になる娘が「石のいっちゃん」と名前をつけてくれた。というわけで、いっちゃんは今日も私のデスクの上にちょこんといる。

大洗海岸でふたりが見つけた“いい感じの石”。右が川内さん発見の「石のいっちゃん」

 晴れた日には、巨大仏を見て石ころを拾う、これが新しい旅の提案である。

文=川内有緒 写真=荒井孝治

川内有緒(かわうち ありお)
ノンフィクション作家。米国企業、パリの国連機関などに勤務後、フリーの作家に。『バウルを探して』(幻冬舎)、『目の見えない白鳥さんとアートを見に行く』(集英社インターナショナル)など著書多数。

出典:ひととき2022年12月号

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