見出し画像

土井善晴先生が解き明かす「静岡おでん」の美味しさの秘密

料理研究家・土井善晴さんが、郷土料理、食文化、道具や器、それらを支える各地域の歴史や熟達の手わざ等、日本の暮らしを豊かにしてきたモノ、コト、ヒトを、全国津々浦々を巡りながら紹介し、そこに宿る健やかさを独自の視点で掘り下げます。今回は「静岡おでん」を求めて静岡市と焼津市を訪ね、その美味しさの秘密を解き明かします。(ひととき2019年12月号おいしいもんには理由わけがあるより)

 東海道新幹線に乗れば、私は富士山側にいつも座りたい。富士山が見えたらうれしくなって、いつも写真を撮る。ツイッターでツイートすると「いいね」してくれる人の多さにびっくりします。みんな富士山が大好きなんですね。静岡には、私の最寄り駅・新横浜から約40分。新幹線に乗っている自由な時間は私の楽しみなのに、ちょっと早すぎます。


いざ、静岡おでん探検!

 おでんが有名だと聞いて静岡にきました。でも、おでん……、どんな風に面白いのか、まだ分かりません。静岡駅近くの駿府城公園に行って、徳川家康像を見上げました。家康が毎朝富士山を眺めた天守閣があった公園を見渡せば、さっそく、「静岡おでん」と記した幟を発見。ちょうど、白い割烹着を着た女性が、公園の売店らしからぬ「おでん」と染め抜いた立派な藍の暖簾をかけるところ。ご機嫌な笑顔で迎えてくれます。

1912_おいしいもんD02*

駿府城公園を散策していたら「静岡おでん」の暖簾を発見。聞けば青葉横丁「おでんや おばちゃん」の分店なのだとか。公園でもおでんが食べられるのは、さすが静岡!

 壁には「静岡おでん5か条」。①黒はんぺんが入っている ②黒いスープ ③串に刺してある ④青海苔、ダシ粉をかける ⑤駄菓子屋にもある、とあります。軽やかな朝の匂いがする澄んだだし汁に安心して、ご挨拶がわりに1本いただく。意外に信太巻の練り物がおいしい。さて、これから「駄菓子屋系」と「居酒屋系」の2軒をめぐります。

1912_おいしいもんD03**

徳川家康の居城だった駿府城跡が、緑が気持ちのいい駿府城公園になっている

 駿府城公園を抜けて馬場町。その一方通行の浅間通りは気持ちのいい広々とした商店街。静岡産の小芋が並ぶ八百屋さん、天然酵母のいい匂いのするパン屋さんを眺め、後で寄ろうと決めて、駄菓子屋系の「静岡おでん おがわ」に到着。

1912_おいしいもんD04*

静岡浅間神社前の商店街にある「おがわ」は、アットホームな雰囲気と女将・小川光枝さんの笑顔が魅力

 店にも入らず、店前に腰掛けられている感じのいいご婦人に話しかけて聞き込み。おふたりとも地元の方で、よく買いに来られるという。富士山とおなじく「おでん」は当たり前にあるもので、子供の頃から親しんできたと仰る。朝、窓を開ければ富士山がある暮らしは何ともうらやましい。人が寄ると家から大皿を持ってきて、串をいっぱい並べてもらって持ち帰ったのだそうです。学校帰りの買い食いは秘密の楽しみなのに、静岡では「おやつだから」って、公に普通のことらしい。

 黒はんぺん、しらやき(タラの練り物)、大根の3本。静岡おでんにだし汁はつかない代わりにダシ粉と青海苔をかけていただきます。ダシ粉とは焼津の鰹節を削った粉。ちなみに少々味の濃いごぼうのきんぴらや、イワシの辛煮も粉ガツオをまぶすのは、品をよくするテクニック。

1912_おいしいもんD06*

 肝心のだし汁は、明日のおでんを煮る貴重な煮汁です。昭和23年(1948)から、毎日火入れをして、70年以上、新しい煮汁を注ぎ足してきたといいます。「休みの日にも、火入れだけは怠らない」とお母さん。おでんのだし汁が何より、きれいに澄んでいることが重要です。牛すじ(国産牛)のスープがベースというのに、脂はぜんぜん浮いていません。「火入れ」とは殺菌、煮汁だけを、煮立てて、ていねいにアクを取り、布濾しすること。

 それにしても、おでんの煮汁はコンソメスープのように、よく澄んでいます。洋食屋さんのように卵の殻とか卵白を入れるのかもしれません。油脂は強く煮立てると乳化して白く濁り、酸化しやすく傷みが早い。「澄む」ことは日本人の美意識と重なる安心の保証です。お見事ですね。これなら、子供が食べてもお母さんも心配ありません。

 ベースになるおでんのだし汁は、牛すじの煮汁に醤油だけの味付け、あざとい味作りはせず、余計なものは何も加えない。それでも、黒はんぺんなどの具材から、旨味がたっぷり出るのです。

 そもそも「黒はんぺん」は「はんぺん」でよかったのに、高級白はんぺんがメジャーになって、「はんぺん」が白いものとなってから、仕方なく黒はんぺんと呼ぶようになったのだと思います。椎茸といえば干し椎茸のことだったのが、生の椎茸が出回るようになって干椎茸というようになったのです。そういう例は他にもあります。

欠かせないのは、黒はんぺん

『かまぼこの歴史』(清水亘著)によると、はんぺんは、駿府の膳夫(調理人)半平が作ったとあります。焼津にある「丸又」は、黒はんぺんが人気の水産加工会社。ここの大ご主人によれば、茶碗の糸じりにヘラですり身を塗りつけて、湯に落とすと、半月型になるところから、焼津では「はんべ(半分)」、静岡では「はんぺん(2分の1片)」だそうです。

1912_おいしいもんD08*

静岡おでんに欠かせないタネの筆頭は、青魚を使った黒はんぺん。丸又の黒はんぺんは、新鮮なイワシを使った無添加で安心の味。

 それにしても丸又の加工場は掃除がゆきとどき清潔。臭いのつよいイワシの生魚を、骨ごとミンチして、電動のすり鉢であたり、骨が感じなくなるまで滑らかにすっているのに、魚の臭いが一切ありません。

1912_おいしいもんD09**
1912_おいしいもんD07*

工場では、快活な鈴木理恵子社長(前列左)と社員の皆さんがてきぱきと働いていた

 すり身は黒はんぺん製造用に工夫された機械を通して、どんどん湯に落とされます。一度に180キロのイワシをすると摩擦で温度が上がって鮮度が落ちるので、大量の氷を加えます。その氷がきれいに澄んでいるのは水のよさを証明しています。丸又の加工場の裏側に自慢の活水器があるそうです。

 魚が獲れた焼津の漁場、駿河湾は、最深部2500メートルという日本一深い湾。静岡の人は、富士山と駿河湾、2つの日本一の間に暮らしているのです。取材中、できたての黒はんぺんを生姜醤油で、ひとり3枚平らげていました。

1912_おいしいもんD10**

丸又近くの焼津港にて

屋台発祥・居酒屋系の名店へ

 静岡市内に戻り、かつて(昭和30年代頃)ずらりと屋台が並んでいた、現在の青葉シンボルロード近くの青葉横丁「三河屋」へ。二代目ご主人は奥さんの実家が駄菓子屋で、おでんも置いていたことから店を始められました。三河屋の創業は約70年前、最初は屋台でした。

1912_おいしいもんD05*

「三河屋」にて。両親が屋台から始めた店を木口元夫さん(左)が切り盛りする。「お客さんと話せる屋台サイズっていうのがええよね」と土井さん

 静岡おでんは、戦後の全てを失ったところから始まったのです。お腹を空かせた大勢の子供たちに何か食べさせたかった。子供が1本でも食べやすいように串を打った。子供が食べるのだから、安心第一の添加物なしのおやつ。

1912_おいしいもんD01**

静岡おでんの店が軒を連ねる青葉横丁の三河屋は、著名人のファンも多い老舗。昭和23年(1948)の創業以来、約70年注ぎ足してきた黒だしで煮込む黒はんぺんや静岡牛のすじは絶品。静岡らしい緑茶ハイと一緒にいかが?

 静岡でお会いした人々は、みんな気持ちのよい人ばかりでした。子供のため、ごまかしなし、きれいな仕事をする風土が静岡にはあるように思います。人情味溢れる清水次郎長が生まれ育った土地は、いつも富士山に見守られているのです。

土井善晴=文 岡本 寿=写真

◇◆◇ 土井善晴先生の新刊 ◇◆◇

おいしいもんには理由わけがある
土井善晴 著(ウェッジ)
2023年8月19日発売

本書は料理研究家・土井善晴さんがキッチンを飛び出して、全国の食文化を訪ね歩いた記録です。たとえば一子相伝の江戸佃煮を伝える職人や、濃厚な食味の牡蠣を育てる瀬戸内の漁業者、華やかな加賀料理の伝統を守る料亭の主人らに会い、出羽三山ではもぎ立ての山菜を山小屋の主人と味わう。
風土が生んだ食材と食文化を体感することで紡がれた土井さんの文章は、時に文化論的思索にもおよびます。
著者初の紀行書である本書は、「一汁一菜」とはまた違う視点から日本の食文化を見つめなおす書であり、土井さんが旅する様子を活写したカラー写真も豊富で、格好の食ガイドも兼ねています。

▼ご注文はこちらから

<本書の目次(一部)>
一子相伝、江戸の佃煮[東京都台東区]
赤福餅と伊勢参り[三重県伊勢市]
南蛮渡来の甘いもの[長崎県長崎市・平戸市]
豊饒の美味、琵琶湖[滋賀県大津市・草津市・近江八幡市]
吉兆と湯木貞一の美学[大阪府大阪市]
百万石の加賀料理[石川県金沢市]
日高昆布は万能昆布 [北海道幌泉郡えりも町]
瀬戸内・国産レモンの島[広島県尾道市瀬戸田町]
香気とうま味の奥八女茶[福岡県八女市星野村]
日生湾のふっくら冬牡蠣 [岡山県備前市、和気町]
古式作りの讃岐和三盆[香川県東かがわ市、高松市]
出羽、芽吹きの山菜[山形県西川町、鶴岡市]

土井善晴(どい よしはる)
1957年、大阪府生まれ。料理研究家、十文字学園女子大学特別教授。テレビ朝日系「おかずのクッキング」、NHK「きょうの料理」に出演。『一汁一菜でよいという提案』(新潮社)など著書多数

おでんや 
おばちゃん駿府城公園店
☎080-5824-7400 静岡市葵区駿府城公園1-1
[営業時間]10時~17時 [定休日]年末年始

静岡おでん おがわ

☎054-252-2548 静岡市葵区馬場町38
[営業時間]10時~18時30分(なくなり次第終了)
[定休日]水曜(祝日の場合は営業)

丸又 工場直売店

☎054-627-1161 焼津市東小川1-4-3 
[営業時間]10時~16時 [定休日]水・日曜

三河屋

☎054-253-3836 静岡市葵区常磐町1-8-7
[営業時間]17時~22時(LO18時)
[定休日]日曜(毎月、日・月曜連休あり。月曜に関しては要確認)

出典:ひととき2019年12月号
※この記事の内容は雑誌発売時のもので、現在とは異なる場合があります。詳細はお出かけの際、現地にお確かめください。


この記事が参加している募集

ご当地グルメ

よろしければサポートをお願いします。今後のコンテンツ作りに使わせていただきます。