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【宮城興業の紳士靴】ノーサンプトン並みのオーダーメード靴を低価格で提供

今日も日本のあちこちで、職人が丹精込めた逸品が生まれている。そこに行けば、日本が誇るモノづくりの技と精神があふれている。これは、そんな世界がうらやむジャパンクオリティーと出会いたくててくてく出かける、こだわりの小旅行。さてさて、今回はどちらの町の、どんな工場に出かけよう!(ひととき2017年12月号メイドインニッポン漫遊録より)

ここは日本のノーサンプトン

 ロンドンから北へ1時間ほどクルマで行くとノーサンプトンという町がある。特にこれといった観光スポットもない地方都市だが、英国を代表する高級紳士靴メーカーの工場が一堂に会していて、靴好きの間では英国靴の聖地として知られている。

 そんな靴好きたちから、「日本のノーサンプトン」と呼ばれている靴のメーカーが山形県南陽市にある。「宮城興業」という会社だ。英国の田園風景を思わせる田畑が広がるのどかな地で、ノーサンプトン譲りのグッドイヤーウェルト製法*により作られる本格カスタムシューズ。これが英国靴にうるさい靴好きをも唸らせる品質と履き心地で、いつしかそう喩えられるようになったのである。

*米国のチャールズ・グッドイヤー・ジュニアが機械化して確立した製法。ウェルトは細革の意。靴の完成までに手間がかかるが、頑丈で長時間歩いても疲れにくい特徴がある

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左からフルブローグブーツ、フルブローグ、ストレートチップ

 実は何をかくそう筆者も相当な靴好きでして、下駄箱に収まりきれないほど所有していて、家内から「私の靴がしまえない」と怒られる始末。でも反省なんてどこ吹く風。さっそく日本のノーサンプトンを訪ねて、今回は山形を旅して来たのであります。

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パラグライダーが体験できる施設「南陽スカイパーク」のある高ツムジ山頂上より

 山形県南陽市には、赤湯温泉もあり、さくらんぼにぶどう、山形牛に米沢牛、米処に酒処、最近は町おこしでラーメンも有名で市役所にはなんとラーメン課まである。ぶどう畑やさくらんぼ畑を越えて、あたり一面に黄金色した稲穂の海が広がる田園風景の中をクルマで走って行くと、宮城興業の社屋が見えてきた。

 創業は昭和16年(1941)。宮城興業という社名は、創設の地が宮城県仙台市なのでそう名付けられた。昭和27年に現在の場所に移転。昭和44年には当時ノーサンプトンにあった靴メーカーのバーカー社と技術提携して、早くから英国の伝統的なソールを縫いつける技法、グッドイヤーウェルト製法を導入する。日本における同社の製造販売権も得ていた。

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グッドイヤーウェルト製法によるソール部分のすくい縫いも職人が1つ1つ手作業で行う

 レンガ色の三角屋根に白塗りの外壁。クラシックな英国建築を思わせる社屋の門扉には、今も「英国バーカー社と技術提携」と書かれた銅製の看板が誇らしげに掲げられている。

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宮城興業の門前から見える三角屋根の工場。冬場の雪かきは大仕事

「古い建物でしょう。でも冬場の大雪にも、東日本大震災にもびくともしなかったんです。だから別に建てかえる必要もないし、その分違うところにお金をかけられますからね」

 そう言って、ワレワレを出迎えてくれたのは社長の高橋和義さん。ピカピカに磨かれた黒いカーフのストレートチップ。むむ、いい靴を履いてらっしゃる。靴好きはすぐ足元を見てしまうのだ。もちろん、宮城興業の靴だ。

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社長の高橋さん

 高橋さんは大学を卒業して大手靴メーカーに勤めた後、昭和59年、25歳の時に宮城興業に入社する。入社後すぐに社長である父親からノーサンプトンのバーカー社に1年間の技術研修を命じられた。

 「英国でコテンパンにやられて帰国しました。山形県人は素朴で実直ですからね。いきなり向こうの生活に慣れろと言われても言葉もわからないし喋れないし、何を聞かれても黙ってばかりいた毎日は辛かったですよ(苦笑)」

 この辛かった1年間の技術研修が、のちに社長に就任する高橋さんのチャレンジ精神に火をつけるのだ。

オンリーワンのカスタムシューズ作り

 平成13年(2001)、高橋さんは父親の跡を継いで社長に就任する。しかし時代はバブル景気もとっくに崩壊していて、ご多分にもれず宮城興業も大手靴メーカーからの注文が激減。倒産寸前の経営状態であった。

 「本当に八方ふさがりでした。そこで一大決心して、これからは多品種小ロット生産でうちでしかできないオーダーメードの靴作りをやっていこうと決めたんです。社員全員から反対されましたね。新しい社長は何を考えているんだ、そんなことできるわけないと」

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社長室に飾られていた高橋さんが提案するカラフルなコレクションに思わず手が出る靴好きな筆者

 そりゃあそうだろう。オーダーメードの靴は英国ではビスポークシューズと呼ばれて、靴職人が一人一人足のサイズを測ってラスト(足型)から木型を削って作らなければいけない。出来上がるまで1年ぐらいはかかり、1足50万円なんてざらの世界である。

 だが、高橋社長が考案した宮城興業オリジナルのカスタムメードシステム「謹製誂靴(きんせいちょうか)」はちょっと違う。100通り以上もあるラストサンプルからフィットするものを選んでもらい、それを微調整することで仕上げるのだ。革の種類やデザイン、ソールなども細かく選ぶことができて、木型を削ってゼロから作るビスポークよりも、はるかにリーズナブルな価格でオンリーワンの靴が作れるのである。

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100通り以上もあるラスト(足型)サンプル

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宮城興業のコンフォートシューズブランド「ST.RELAX」(左)とオリジナルブランド「宮城興業」のカスタムメードシューズ

「町の靴屋さんってほとんどなくなっちゃったでしょう。ですから謹製誂靴の取扱店も、本格靴にこだわるセレクトショップさんなどに変更したんです。思ったとおり、そういったお店からの注文が次々と入るようになり、おかげさまで宮城興業の靴でなければダメだというリピーターが全国に増えています」

 工場を見学させてもらうと、革の裁断からグッドイヤーウェルト製法によるソールの縫いつけ、仕上げに至るまで、「カスタムメード」とはいえ職人の手作業で行われている。

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靴のアッパー(甲革)に使用する革にパソコンで型取りをして裁断する作業

 靴好きから日本のノーサンプトンと呼ばれていますねと言うと、高橋社長は「寡黙で粘り強くて、とことんまで質の向上に打ち込む。そんな山形県人の気質は、ちょっと英国の靴職人に似ているかな」と、照れながら答えてくれたのでありました。

いであつし=文 阿部吉泰=写真

いであつし(コラムニスト)
1961年、静岡県生まれ。コピーライター、「ポパイ」編集部を経て、コラムニストに。共著に『“ナウ”のトリセツ いであつし&綿谷画伯の勝手な流行事典 長い?短い?“イマどき”の賞味期限』(世界文化社)など。
◉宮城興業株式会社
山形県南陽市宮内2200
☎0238-47-3155
https://www.miyagikogyo.co.jp/

出典:「ひととき」2017年12月号
※この記事の内容は掲載時のもので、価格など現在とは異なる場合があります。詳細はお出かけの際、現地にお確かめください。

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