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「苦しさを消化した後の30代はとにかく楽しかったです」坂本真綾(歌手・声優・女優)|わたしの20代 

わたしの20代は各界の第一線で活躍されている方に今日に至る人生の礎をかたち作った「20代」のことを伺う連載です。(ひととき2023年3月号より)

 きっとはたから見たら順調だったと思います。声優や歌手の仕事に加えて、エッセイを出版したり、ミュージカル「レ・ミゼラブル」にも出演しました。毎日が忙しくて、楽しいこともたくさんあって……。でもわたしにとって20代は、悩みが多く、大きな壁にぶつかった時期でした。

 声優の仕事って、基本的には顔が見えないところで芝居をする裏方です。でも20歳を過ぎた頃からイベント出演などで人前に出ることが増えてきました。ライブや舞台出演の機会もいただけて。自然な流れでどんどん人前に出ることになったものの、不特定多数の人に見られることは、それまでの人生になかった大きなプレッシャーだったんです。

 観てくださる方がたくさんいるのはありがたいのに「もっといい自分でなきゃいけない」というストレスを常に感じていて。過度なダイエットをしていましたし、いつも人に見られている気がして電車に乗れなくなったりしました。自分に足りないものばかりが気になって、演技力も、歌唱力も、容姿も、あの人より劣っているとか、そんなことばかり考えていましたね。

 あるとき、イベント出演の最中に体調が悪くなって、初めてステージ袖に引っ込んでしまったんです。そのとき、このままだと好きな仕事なのに続けられないかもしれないと危機感を覚えて。今のまま自分を騙し騙しやっているといつか本当に何もできなくなる、とにかく1回休まなきゃ、と思いました。

 それで29歳のとき、思い切って5週間の休暇をとり一人でヨーロッパに行きました。旅先では、なんにもしませんでした。自然に寝たいときに寝て、お腹がすいたら食べて。私にとっては非日常の街ですが、そこでずっと暮らしている人々の人生について想像したりしました。

29歳のとき、一人旅で訪れたポルトガルの首都リスボン。美しい街並みが眼下に広がる

 たっぷりある時間のなかで、いろんなことを考えているうちに、ああそっか、と急に腑に落ちる感覚があったんです。──自分自身が自分を愛することができない、とにかくそれができないことが、私はずっとつらかったんだ──。そう気づいてハッとしました。私がずっととらわれていた苦しさの原因はこういうことだったのかと。

 とはいえ、たった5週間で生まれ変わるはずもなく(笑)。何も解決していないんですが、その後2年ほどかけてゆっくり元気になりました。20代の経験を消化した後の30代はとにかく楽しかったです。「レ・ミゼラブル」の演出家ジョン・ケアード氏に誘われて「ダディ・ロング・レッグズ」*に出演したのも30代。頑張っていればちゃんと見てくれている人がいるもので、自身の代表作と言えるような作品に出合うことができました。

*ミュージカル「ダディ・ロング・レッグズ〜足ながおじさんより〜」 2012年初演。ジルーシャ・アボット役を演じた坂本さんは同年「第38回菊田一夫演劇賞」を受賞。その後2020年まで再演を重ねる

 昨年、42歳で出産して、人生の新しいフェーズに否応なく移行している今、これからどうなるかワクワクしています。出産してしみじみ思ったんですが、一人の人間が生まれるって本当に大変なこと。生まれること自体が人生最大のクライマックスで、大仕事なんですね。20代の自分には思えなかったことだけど、生まれた後の人生なんてファンファーレの後の余韻のようなもの。たいしたことじゃありません。余韻の人生なんだから、好きなことからやって、気負わず楽しんでいきたいです。

談話構成=渡海碧音

坂本真綾(さかもと・まあや)
1980年、東京都生まれ。8歳より子役として活動、多数のアニメや洋画の声優を務め、ミュージカルの舞台でも活躍。96年シングル「約束はいらない」でCDデビューして以降、数多くの作品を発表しライブ公演も精力的に行う。パーソナリティーを務めるラジオ番組「ビタミンM」は放送1000回を超え、21年目に突入。2023年1月に33作目のシングル「まだ遠くにいる/un_mute」をリリース。

出典:ひととき2023年3月号

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