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飛騨高山の木匠・川上博一さんが「カンマ1ミリ」までこだわり作った椅子

日本の五大家具産地のひとつ、岐阜県の飛騨高山――。椅子とテーブルの暮らしなど飛騨高山のどこにもなかった大正時代のはじめ、一脚の洋椅子作りから当地の家具作りは始まりました。外来の文化である椅子に、日本の美意識と技を凝縮させ、磨き上げてきたのは、森に生かされ、森を活かしてきた飛騨高山の木工職人たち。その一脚一脚からは言葉を超えた木の温もりが伝わってきます。(ひととき2021年11月号特集飛騨高山、匠の椅子に会いにゆくより一部抜粋してお届けします。)

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飛騨高山で椅子の製作に携わるのは、家具メーカーだけではありません。個人で活動する優れた木工作家や家具職人も数多く存在するのです。そのひとり、端正な椅子を作る木匠もくしょう・川上博一ひろいちさんの工房へうかがいました——。

「よう来たな。こんな遠い所まで」と、出迎えてくれた川上博一さん。「昭和初期のバラックみたいやろ。お客さん(取材陣)迎えるんできれいにしようと、急きょ昨日、壁を塗った(笑)」

 飾り気の一切ない、白いペンキで塗られた空間には、何脚かの椅子が並べて置いてある。挨拶もそこそこに、なんて優美なフォルムなんだろうと、傍らへ吸い寄せられた。

「そっちがCAJAカヤのイージーチェア。こっちは今年の展覧会に出そうかと思っとる椅子。SH*が1センチほど高いと思う。まだ完成とはいえんな」

*Seat Hight(床から座面までの高さ)

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木工家具製作歴30年以上の川上さんは現在63歳。「CAJA」シリーズのイージーチェアと

 CAJAは、偶然川上さんの椅子を目にした北欧ヴィンテージ家具の販売店「KAMADA」のオーナーが惚れ込んで、ダイニングチェアやオットマン、ソファなどへと展開しているシリーズだ。CAJAって、一体どんな意味があるのだろう。

「最初、自分の工房にカヤ工房と名付けとった。全部ひとりで作っとるから、ひとりでカヤックを漕いでいるイメージ」

 川上さんは、高山生まれの高山育ち。中学校を卒業して建具屋や木工所に勤めて技術をモノにした。今谷川いまだにがわの側に自身の工房を構えたのは30歳のときだ。

「それまで勤めだったで、椅子を作ったことはなかった。ただ、治具作ったり組んだりすることはわかっとったで、すぐに椅子はできあがったんだけど、座ったらばらばらになってひどい目にあった。強度がわからんかったから(笑)」

 独立すると下請けの仕事が次々舞い込んだ。土地柄、椅子の仕事が圧倒的に多い。飛驒産業、キタニなど何十社ものメーカーの椅子を試作してきた。

 作り手に高い技術が必要とされる脚物家具。「やりながら覚えた」というが、生まれながらの腕の持ち主なのだろう。いつしか「椅子の川上」の名が飛騨に知れわたり、これまで8人の弟子を育てた。

 一切図面は書かない。最初はベニヤで型を作り、丸い材をくり抜いて椅子のプロポーションを作って直していく。座ってみては何度でも型を作り直す。

「昔の北欧の人もきっと同じようにして椅子を作っていたんやないかと思う」

 工房の隅に単純な仕組みの機械が1台あり、8割ほどはそれを使うが、道具はあるもので工夫。あとは全部手の仕事だ。曲木は一切使わない。手で削り出せば、「木の弾力が生きて木目がきれいに出る」。何より大事にしていることだ。

 最新作は、前脚と後脚、肘掛けがしなやかにカーブして、笠木*まで緩やかなカーブを描く。曲線美を生かす洗練された姿だが、「どうぞ座って」と語りかけてくるような愛らしさも漂う。

*背の最上部に配する部材

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最新作の椅子。見た目の美しさと座り心地の良さを併せ持つ貴重な椅子だ

 この椅子のプランが浮かんだのは6年前。ミニチュアを作ると、肘掛けが気に入った。でも何遍も作り直した。

「椅子はで決まる。肘で苦労しとる。数ミリのことなんやけど、納得するまでやめられんのよ。カンマ1ミリ微調整したい。目では感じられんけど座ればわかる」。肘掛けの先端のデザインから、「ネイルチェア」と名付けた。

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思わず触りたくなるほど美しい曲線を描く肘掛け

 試作していたある朝、朝日を浴びるこの椅子を見て「ほー、きれいやなぁ」と自分の椅子に感動したという。

「きれいな女の人見ても感動せんのに(笑)。これを超える椅子はもう作れんと思う」

 いや、次なる椅子もぜひ見てみたい。

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椅子は完全受注生産。川上さんが1点ずつ丁寧に製作し、アフターメンテナンスにも対応

文=片柳草生 写真=佐々木実佳

高山椅子展2021
CHAIRMAKER TAKAYAMA JAPAN
会期:11月13日(土)~15日(月) 
時間:9時~18時
会場:日下部民藝館(高山市大新町1-52)
   ☎0577-32-0072
国の重要文化財・日下部民藝館で開催される椅子の展示会。川上さんをはじめ高山市を拠点に活動する木工作家など総勢24組の個性的な椅子に出会える。
https://www.chairmaker.jp/

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【特集】飛騨高山、匠の椅子に会いにゆく
[紀行] 時を超え暮らしを紡ぐ椅子
[コラム1] ニッポン椅子物語
[コラム2] 木匠・川上博一さんを訪ねて

出典:ひととき2021年11月号


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