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Labの男69

 Labの男69

ガラスの城の主人は
間接照明の薄明かりを頼りに
リモコンに手を伸ばし適当にTVをザッピング
それほど目を引く映像ではなかったはずだが
手を止める。
ゆったりとした椅子に腰かける
貫禄のオールバック。
年輪の刻まれた横顔が
チロチロとTV画面の明かりに照らされている。
番組は地味で演出も少なめ
淡々とプログラムを流し
頬杖をついて無表情で眺めるオールバック。
男は青白い光を浴び
ナレーションに聞き耳をたてている。

『虫送り』
 ウンカ 5mm 小さなセミのような形をした虫
 ニカメイチュウ 12mm  灰白色の小型の蛾
 など
 主に稲の害虫を村外に追放する
 呪術的な行事。
 毎年初夏に定期的に行う場合と
 害虫が大発生したとき臨時に行うものとがある。
 稲虫を数匹とって藁苞【わらづと】に入れ
 松明を先頭にして行列を組み
 鉦【かね】や太鼓をたたきながら
 田の畦道【あぜみち】を回って
 村境まで送って行く。
 そこで藁苞【わらづと】という
 生け贄を投げ捨てたり
 焼き捨てたり 川に流したりと
 その土地ならではの風習により
 いく通りかが存在する。
 理屈からいえば村外に追放しても
 そもそも隣村に押し付けることになるが
 村の小宇宙の外は他界【異空間】であり
 見えなくなったものは消滅した
 と考えたのである。
 呪術のなかでは鎮送【ちんそう】呪術に
 含まれる。
 害虫は実在のものであるが
 そのむかし
 非業の死を遂げた人の霊が浮遊霊となり
 それが害虫と化した言い伝えがあり
 非業の死を遂げたと伝えられる
 平安末期の武将斎藤別当実盛【さねもり】の霊が
 祟って虫害をもたらすという故事にならって
 帯刀の侍姿の藁人形【実盛人形】を
 担ぎ歩く所もある。
 虫送りを
 「さねもり祭り」などとよぶのはそのため。
 初夏の風物の一つとして
 子供の行事にしていた所も多かったが
 近年では農薬の普及に伴って虫害も少なくなり
 行事も急速に無くなりつつある。
 ナレーションを締めくくり
 もの悲しげに番組は終わっていった。

ガラスに囲まれた部屋にひとり
彼は置き物のように動かずTVを鑑賞し続ける。



ガスマスク部隊から身を潜め
様子をうかがっている明智and万次郎
ガラスに囲まれた嘘みたいにキラキラの建物
SOMA Farben Konzern
ソーマ ファルベン コンツェルン
SFKビルディングを見上げ
ため息をついて万次郎

「全然ジェイソン楠木、降りてこないっスね。
 コーヒー3杯目に突入してません?」

 「そろそろ降りてきて欲しいな。
  ガスマスク部隊に出くわさない間に。
  万次郎はちゃんと気絶してたヤツは
  見えない所に隠してきた?」

「引きずってる時に
 たまたま見つけた
 ミゾにほり込んできましたから。
 万が一、目を覚ましても
 出てくるのにも時間がかかると思いますよ」

 「溝って小さい頃によくハマった位の?
  片足だけドブまみれになるくらいの
  大きいヤツなの?」

「今は使われてない昔ながらのヤツで
 大人だと横向きでギリギリ入るくらい」

 「う〜ん、結構ギュウギュウじゃない。
  それって呼吸止まんない?」

「うわっ心配になってきました。
 ちょっと見てきます」

しばらくして
少し息を切らして帰ってきた。

「途中でまた見っかっちゃって
 もうひとり、ぶっ飛ばしてきました。
 溝に2人入れてもイキしてましたから
 大丈夫だと思います」

「はい、欲しかったでしょ?ガスマスク」

 「いい〜よ、何に使うんだよ?」

「不意の、冠婚葬祭時だとか
 ちょっとした、そう!仮面舞踏会ですよ!」

 「ぶっはっ なんだよその
  ちょっとした仮面舞踏会って」

「ほらっ007 ダブルオーセブンとかで
 あるじゃないですか?」

 「無いよそんなの。仮にあったとしても
  現地調達でいいじゃない」

「ああ、そっか」

 「それに
  万次郎が欲しいものが必ずしも
  他のみんなも好きなわけじゃないから」

「ええっ〜!
 本場のガスマスクなんですよ!
 みんな欲しいでしょ?」

口元はのっぺり
黒目はちっとも動いていない
無表情の明智
 「………………」

「ええ〜そんなことないの?
 ウソだぁ。こんなにカッチョい〜いのに?」

瞳孔もちっとも動かない明智

「例えばマスクの恩恵で
 いつもよりもアグレッシブになれたり
 やった行いは全て
 ガスマスクのせいにできるのに。
 仕方ないな〜。スペアーガスマスクは
 プライベート用にしよう」

プライベートでガスマスクがいる時って
ないだろと思いつつも
ちょっと危険思想をほのめかした気もしたが
そっと万次郎を泳がす明智。
ガスマスクを嬉しそうに眺める万次郎を横目に
明智は新たな気配を感じ周りを見渡す。
SOMAビルディング玄関口に
ヒトを収容連行していた小隊とは
別ガスマスク部隊が集まりつつある。
なにやらトランシーバーでやり取りをした後
統率のとれた動きで持ち場を配置
炎がついた棒を手にしたガスマスク隊が
整列している。
また新たに現れた別部隊は
ビルの周りを囲うように分かれて
重そうなポリケースを各自抱えている。

「これはまずいな
 ビルをお焚き上げするつもりだぞ。
 万次郎っ聞いてるのか?
 建物内のヒトは走馬さんとジェイソン楠木
 だけであってほしいな」

ポリケースを持った隊員達は数名がかりで
中身の液体をビルにぶっかけている。
ひと通りビルを一周
足早に液体をまき終えたようだ。
火のついた棒を掲げ集まる集団は
魔女狩りを連想させる。
松明を持った隊員たちが等間隔に離れビルを囲う。
この距離からでも鼻につくのは
揮発した引火性液体。
液体そのものが燃えるのではなく
その液体から発生する蒸気が燃える。
発生する可燃性蒸気は空気より重いため
低所に溜まりやすく床面を這って
かなり遠くまで到達する場合もある。
一度火が点けば厄介だということだ。
合図とともに
今まさに火を点けようといっせいに
まかれた液体に炎をかざす。
メラメラと火柱がガラスのビルを這うように
一気に駆け上がる。
勢いよく立ち上がる炎は自由を取り戻し
歓喜して踊り出しているようだ。
厄介なのは
引火性液体の多くは水に溶けない。
大半は水よりも軽いため
水に引火性液体が浮くことになる。
したがって燃えている場合
引火性液体が水に浮き
かえって火事場を広げてしまう可能性がある。
水は絶対にかけてはならない。
鎮火には消化器をオススメする。

口元に手をあて明智
「参ったな。万次郎っ
 不意のガスマスクが入用になるかもしれん」

集結したガスマスク部隊は
存在感のある1人を残して
燃えさかる炎を確認して散り散りバラバラに
解散してゆく。後方から隊列を組んだ
黒い箱を持ったガスマスク隊が新たに到着。
明智の方向から目視できたBOXは4つ。
 明智の能力 眼識【げんしき】
 任意の物体を透かして見ることができる。
  ギャン ギュン 両眼をこらす。
 BOXの中は機械が作動しており
 粘土のようなモノに配線が刺さっている
 のが見てとれる。
BOXを抱え脇見も触れずに玄関口へと
燃え盛るエントランスをものともせず
次々と突入してゆく。

「いよいよマズいな、万次郎
 アレは爆弾だな。
 火ぃ点けた後に入ってったけど
 順番間違ってないか?まぁいい、
 跡形もなく消し去るつもりだ」

 「あれはprime会員限定
  ガスマスク宅急便ではなさそうですね」

「だっははは だいぶ余裕が出てきたじゃない。
 なんだか発言も我関せずの
 他人事な玄白に似てきた」

戦況を判断指図するガスマスクは
離れた場所から腕を組み観察している。
 パン パンパリーン
一斉に炙られたガラスが下から割れ出した。
明智and万次郎の位置からでも
ガラスをなぞる炎が作る無数のヒビが確認できる。
きめ細かに亀裂が走りしばらくして
限界に達したと同時にスターダスト
 パンパリパリーン
まだ炎は2階辺りをゆらめいている。
ビルやオフィスに多く採用されている
熱線吸収ガラスは
直射日光の熱をガラスが吸収することで
室内への影響を抑えてくれる高性能なガラス。
しかしながら
熱割れリスクが高いガラスとして知られている。
「熱を吸収する」という特性上
直射日光が当たる部分だけ
温度がどんどん上昇してしまう。
その他の場所との温度差が激しくなり
ヒビ割れが生じやすくなってしまう。
そんなこともお構いなく
建物内に爆弾をすみやかに配置し終え
次々と出てくるガスマスク部隊。
暫くして
メラメラと踊る火炎なんて関係なく
エントラスに散らばった粉々のガラスを踏み締め
玄関口からジェイソン楠木がひょっこり現れる。
瞬間、燃え立つ炎をくぐったせいで
髪が焦げ少しスーツが燃えているが
袖口周りを叩き、頭を整え
いつも通りに次の仕事へと
飄々と歩いていく。

「くっ、
 カワイ子ちゃんなら迷わず
 救出なんだけどなぁ〜。
 走馬さんなら頑丈だから
 1人で大丈夫そうなんだよな。う〜ん
 万次郎はジェイソン楠木を追いかけてくれ。
 何かあったら連絡を。
 おっと!それと」
明智は万次郎の肩に掛かった
ガスマスクをひとつ手に取る。

「参ったな、本当に必要になっちゃったな。
 こっちは走馬さんをなんとかする。
 尾行の方は頼んだ」

すると万次郎は人差し指を立て
颯爽とジェイソン楠木を追いかけて行った。
同時に明智も走馬ビルへ駆け込んだ。

階段を駆け上がりながら
「なんで2度も往復しなくちゃ〜ならんのよ」
足取りはそれでも勢いは止まらない。
熱気は2階止まりで
火の手はまだ3階から上
建物内への影響はないようだ。
有毒ガスも、まだ出ていない模様
ガスマスクはまだ必要ない。あっという間に
息を切らし全面ガラス張りのフロアーへ到着。
勢いもそのまま最上階へ
迷いもなくガラスの階段を上がってゆく。

「何してるんですか!走馬さん
 建物、燃えちゃってますよ!
 早く逃げないと!」

TVの電源をリモコンで止めて振り向く走馬

 「状況はモニターで理解してますよ。
  まさか、バクダン設置なんて徹底してますね。
  すべての失敗はSOMAコンツェルンに
  なすり付けるつもりですな」

「ナニ流暢に推理してんスか!
 早く行きますよ。
 言っときますけどエビス薬品工業の
 ての者じゃないですからね」

 「ああ、色々と恨みをかうことも
  沢山やっちゃいましたからね。
  思い当たる節がありすぎちゃって」

ハンガーにかかった背広に手を通す走馬

「こっから階段何段あると思ってるんスか!
 時間がないって言ってるでしょ」

 「兄さんにあつらえてもらった
  ジャケットなんですよ。
  コレは死んでも手離せないんですよ」

 「ああ、それとここに脱出用滑り台が
  ありますから、ここから逃げましょう」

CEO室を降りたすぐ下
フロアーの取っ手を引き上げると
そこには通気口のようなダフトチックな
脱出口が斜め下へと伸びている。

「おおぅ!それならそうと
 早く逃げちゃいましょう」

 「私の方が重いでしょうから
  先に行きますね」

続いて明智颯爽と足から滑り込む
 シュゴーシュルーーーー

「おぁぁぁーーーっボブスレイ並みの速度ぉ!
 出てますーーけどぉーーお!」

滑り降りてもうすでにビルの中腹

「角度も殺人的じゃーーないーーーかぁーーっ」

ダクトサイドを両足で支えても減速しきれない。
あっという間に火事場エリアを通過中

「アッ熱っ、あつい熱い!あっちいな!」

吹っ飛ばされるように外にほり出される2人

「だっ」 ドサッドサ 「つぅ〜痛ってぇ」

あっちこっちブン振り回された挙句
勢いよく地面に投げ出され体ごと着地。
後ろを振り向き驚く明智
ほり出されたのはほぼ2階の高さだったからだ。

間髪入れずに
 ドカッ ドカーーン ボカーーーン

 「走馬さんっ離れましょう」

建物の全体像が見渡せる距離まで離れた。
ジェンガのように倒壊させない
明らかに他に被害が出ないようビルが爆発
計算された垂直に解体されたれるビルディング
星屑がキラキラと舞ってガラス片が落ちてゆく。
夢のような踊る火炎とスターダスト
見惚れる炎とガラスの共演
スクラップしてゆく様はこうも美しくなるものか
最後の夢を地面へとガラスと共に振りまいている。

しばらく無言だった2人
燃える自社ビルディングを眺めながら
走馬 灯次郎は話し出す。

「何気なしにTVを見てたんだ。
 ドキメンタリーだったかな。
 なんだったかな、え〜っと
 『虫送り』って行事のヤツだったな。
 今思えばそれこそ虫の知らせってヤツだよ。
 ありゃ〜メッセージだったんだ。
 普段だったら見ないんだよこの手の番組は。
 要はね、儀式なんだよ。
 お米がたくさん収穫できる様に
 害虫を数匹入れた大きめの藁人形を抱えて
 村外れまでねり歩いて
 最後に松明で燃やすんだよ。
 まさに目の前に繰り広げられてるのは
 虫送りの儀式そのものだよ」

表情、思考からはあまり悲しみが感じ取れない。
明智は不思議に思い
 「何を言ってるんですか?
  ビルには思い出もあったでしょ?」

「確か、コンセプトはガラスのオベリスク。
 若い建築士さんが
 デザインもしてくれてね。
 当時は彼も若くてギラギラしてたね。
 バブル時代のヒトだったから
 派手なデザインに仕上がった」

 「走馬さんの
  こだわりじゃなかったんですか?」

「ぜんぜん」走馬は両手を広げ瞳を閉じた。

「このビルに関しては一切、私が任されてね。
 正直なんでもよかったんだよ。
 気持ちよく仕事ができりゃ〜なんでもね。
 建築士さんは言ってたな。
 【この本宮町のシンボルとなる様な
  ビルにしませんか?
  ボクに任せてくださいよ。
  記憶に残る建物にしてみせますよ】
 正直デザインは私も気に入っては
 いなかったんだけどね。ほら、こういうのはね
 勢いも大事だからね。本宮町のランドマークには
 なれたんじゃないかな?それだけかな残念なの」

 「さみしくないですか?」

腕組みをしていた手を解き明智の方へ振り向く。
「むしろスッキリしたよ。
 あと片付けが大変だろうな。
 このビルの崩壊がテイのいい
 理由とイメージを添えられて
 利用されるんだろう」

「よく兄さんが言っていたんだよ」

成し遂げられなかったことは忘れ
勝ち取ってきたものだけに集中して
成功を祝福するのは大切だ。
それには
なんびとにも妨げられず
祝うに値する価値がある。
自分のために祝う。
そして更なる階段を歩むために
やってきた方法を見直し調整する。
そして達成したことを祝う。
成し遂げた事を自覚する時間を設けて
自身の進歩を祝福する。
大小関係なく自身の勝利を祝う。
こころからの感謝は豊かさを招く。
ありがたく思えば思うほど
宇宙は更なる豊かさをもたらしてくれる。
自身の道を受け入れそのプロセスを信じる。
そして正確に自身が今どこいにいるのかを知る。
内なる自分に立ち戻り
それを呼び起こすのに役に立つ。
自信と熱意を持って通り抜けてゆく指標となる。
まず変化を受け入れる。
新しい経験や機会にオープンでいる。
居心地のいいエリアから少しはみ出る。
変化が大切じゃなく
変化に適応することがやったと実感し喜びを生む。
変化を受け入れフレキシブルに対応

「その都度のそのつど
 しっかり祝ってきたんだよ。
 だからその時点でもう惜しいモノは
 ないんだよ。執着はヒトの視野を狭めるからね」

「いや、ちょうど良かったのかもしれない。
 走馬ブラザーズがまだ尖っていた頃の
 象徴のビル。まぁ沢山の人を踏みにじって建った
 とてもヒト様に誇れるビルでもなんでもない。
 ただ崩壊してゆく様を見れたのは
 ほんと良かった。
 ここ数年ず〜っと引っかかってた
 モノがスッキリした気分だよ。
 楠木くんにはいつも忘れ去った大切なものを
 気付かされてばかりだよ」

 「そこまで信用されてる楠木さんって
  何者なんですか?」

「はっははは
 利害関係の無いただの友人さ」

謝肉祭のフィナーレは
カーニバルの象徴が燃やされ
いけにえが身代わりとなり
全てがなかったかの様に
葬り去られる。

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