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Labの男5

 Labの男5

ガッコン ゴゴゴゴゴッ
重い扉が開く音
とんでもない速度で振り返る万次郎。
どうやら実験は終了のようだ。
少し残念げな表情の万次郎。それもそのはず
後、数ページで本が読み終わるからのようだ。

カーリー野口と共にナースが入って来た。
一通り実験は終了、最後に検査が残っている。
数値が正常値になるまでは外を出ることは
許されない。機械を取り外しながら
隣にはナースが脈拍を見ながら
なにやら注射器の準備を進めている。

カーリー野口
 「この注射と採血で実験は終了。
  とても興味深い結果に次回が楽しみだな。
  相当考えるタイプなんだね。驚いたよ」

 「大体の人が感覚と思考が追いつかなくなる
  ものなんだけど、すごいよ君!
  元々、万次郎は言語野が発達してるからなのか
  思考に言葉が間に合ってる感じかな」

 「また〜渋い本持ってたよねぇ。
  その本、大学の頃に読んだよ。
  そんな気難しいのに興味ある人
  久しぶりに会ったよ。
  今度、面白かった本でも教えてよ」

注射器のハリが腕に入り込むきっかけで
初めて言葉を発した。
 「あぁ〜タバコ吸いたい。」

カーリー野口
 「そっか、この建物内は禁煙なんだけど
  外に出たら吸えるよ」

中指でメガネを上げながら 

 「それとっ
  ちょっとお願いしてもいいかい?
  橘さんがうらやましくなってね。
  ボクにもコードネームつけてくれないか?」

瞳がらんらんしているのが
メガネ越しからでもわかる。

 「ご機嫌なの頼むよ」

面を食らった表情の万次郎
片方の頬が上がって

 「そうだな〜真実の探求者〜
  観測者、杉田 玄白なんてどうですか?」

「へぇ〜また渋いとこ突くねぇ。
 玄白〜いいねぇ。ありがとう」

入って来た明智に振り返りざま
野口のコードネームは
杉田 玄白になったと伝えると

 「はははっ!玄白っ 解体新書のヒトっ!
  だっはっはは!
  人でなし要素の毒が入ってる!
  クレイジー野口にピッタリだ」

ナースに腕を消毒してもらってる間に
明智はスーツの内ポケットに手を伸ばし

 「ゲンナマ手渡し。足がつくと、アレだから。
  はい5万円っ学生だから領収書
  明細の類は大丈夫よね。
  次回は1週間後ね。次は投薬量が増えるからね
  それまでは養生してくれよ。
  今日は恐ろしく深く眠れると思うよ」

そっからはあまり記憶がない。
どう家に帰ったのか
目が覚めると次の日の夕方だった。

丸一日は寝てた事になる。
彼女に振られた件 実験の件
製薬会社の男 白衣の男
白と紫のカプセル 5万円
500ページはある本が数時間で
読めてしまっている事実
どれをとっても凄く遠い記憶に感じる。
思い出したようにフラフラとキッチンへ
水道の蛇口から直接、水をガブガブ飲み干して
ため息。

 「あ〜〜っまだ寝れそうだな」

鮮やかに染みわたる水の旨さは感じられない。
ノドの渇きからすれば美味しいんだが。
そうだっ
居酒屋にご飯を食べに行くついでに
映画館に寄ってくか。
いらぬ心配をかけたからな。
頭をかきながらシャワーへ向かう。
さっぱりして、まだ肌寒い町に繰り出す。
あいも変わらず映画館は、すっとぼけた感じの
時間が止まっているようだ。
今時、自動ドアでもないガラスの押し戸
少し抵抗感があって重たい
黒の四角いでっぱりを押して入ると
顔を見た途端に孫娘があらやだっとばかり
駆け寄って来た。
大丈夫なの!めいた表情で肩を撫でられる。
彼女に振られたみたいだと伝えると
表情とはカウンターの台詞

 「どうやら浮気の類ではないみたいね」

口元を押さえて斜め目線

 「まぁ、仕方がないわね。
  悪さをしたわけじゃなさそうだし
  相手に好きな人が出来たわけでも
  なさそう………」

軽く握った手を顎に当てがって
小首をかしげ

 「なるようになるしかならないわね〜」

状況の察知能力と切り替えの早さは
野郎どもには無い瞬発力がある。
乙女心は乙女に聞くのが話が早い。
彼女の中での何かしらかの決断が下された
そんな推理に落ち着いたみたいだ。
心意気を決めた女性の決意はひっくり返る事は
まず、無いらしい。
少しズレたマルメガネから裸眼で見つめる
じいさんにも挨拶を交わし
居酒屋へ
赤ちょうちん横目に、のれんをくぐる
かきあげた手の感覚がひどく懐かしく感じる。
1人カウンターに座るのにも慣れたものだ。
どぉにもこぅにも、スッキリしない気分
タコわさ辺りでご機嫌を伺ってみようか。
いつもよりも鼻に抜けるこの辛さが
モヤモヤを吹き飛ばしてくれないかね。
今夜は酒はやめておこう。
悪酔いしそうな気配がする。
次は、お茶漬けでもいただこうか。
サラサラ〜サ〜ラ箸でかき込む。
次の注文の頃には気分が
なだらかになっていた。
空腹に機嫌が引っ張られただけか。
刺身盛り合わせをコチョこちょとつまむ。
ゆっくりとじわじわ伝わってくる
肴の味が沁み渡る。鮮やかではなくとも
十分唸る味だ。雑な醤油の味がまたいい。
ゆっくりとここまで食に没頭する事は無い。
あまり食にはこだわりがない方なんだけど
改めて感動している。
切身がこんなにも舌にまとわりつき
彩り鮮やかに広がるモノかと。
種類の違いなど意識もしていなかった
色の違いくらいにしか考えてもみなかった。
不敵に輝く、てろてろの白
イカの旨さに改めて
感動を覚えている自分がいる。
またマグロのねっとりさとは違う。
大昔から代わっていない生態系は
地球規模ではタコかイカくらいで
相当異質なんだそうだ。
学者によっては地球派生したのではなく
宇宙から飛来したのではないかと
発表されていたりするケースも頷ける!
他には言い表しようの無い味わい。
紛れもなくギャラクシースペース味
要は、イカに夢中だ。
っは
何を言っているんだっ!
そんな事より刺身盛り合わせに酔いしれよう。
時折、眼を閉じて味を堪能しては唸り
頭をかしげる仕草は、異彩を放っちゃってる。
カメラを回して番組を撮っている位
大げさなリアクションだ。
背後から肩を叩かれる。振り返るとそこには
白衣を脱いだモフモフ頭の玄白がいた。

 「何やら、おかしな食べ方しているから
  声をかけたくなっちゃって」

 「口にほり込む度に腕組みして唸ってるからさ
  笑っちゃって」

 「おやっさん!ビール1つ」

自然と隣りに座る玄白。

 「正直にいうとね、本当は被験者には極力
  接触を避けるものなんだけど
  観測結果に主観が入らないようにね。
  どうも万次郎は構いたくなるんだよね」

 「あれっ日本酒呑まないの?」

「今日は休肝日にしようかなぁと。
 やっと頭の速度が日常に
 追いついて来た感じなんで」

 「そりゃ〜そうだな。はじめての体験だった
  ろうからね。あんな冷静なヒト初めてだよ」

 「大体は退行反応が出て子供返りする人が
  ほとんどだからね。本を読む事よりも
  光の美しさに圧倒されたり
  大型ファンの回転をずっと観察したり
  食べ物を無くなるまで食べ続けたり
  ずっと絵を描いたり
  本の手触りだとか
  カーペットとかシーツを触って
  その感触に浸る人が多いんだけどね」

ギャラクシー味の白い物体を飲み込んで万次郎

 「やっぱり感覚が鋭くなっていたんですね」

メガネを中指で上げて少し驚いた顔で玄白

 「あれっ、しゃべっちゃってる。
  まぁいいか
  薄々は分かるだろうからね」

 「基本的な我々のスタンスは
  なるべく接触しないようにつとめている。
  観測の話とは別で
  我々の業界は中々ダークな所もあって
  巻き込まないようにしたいからさ」

 「明智も同じように思ってると思うよ」

 「明智は、気が付いてないかも知れないけど
  あんなに嬉しそうに感情的になってるの
  久しぶりに見たよ」

万次郎は不思議そうに聞く

「そんなに血で血を洗う感じなんですか?」

 「あぁ、当たらずも遠からずで
  どちらかと言うと足の引っ張り合いさ。
  人をコマだとか道具として扱う
  持ちつ持たれつでは決して無い
  利用、利用されの世界観ね」

 「その部分では明智のネーミングセンスは
  エージェント感を表せていて抜群のセンスよ。
  いけしゃあしゃあと
  呼吸するようにウソつく所も言い当ててるよ。
  びっくりしたよ、本当に」

「ダンディズムを誇張しただけなんですけどね」

 「明智が対峙しているのは
  世界の禍々しい部分なんだけど
  観測者側はそれほどでもないよ。
  変わり者の変態がいるくらいで」

 「どちらにしても万次郎には引きがある。
  引力ともいえる、母性本能をくすぐる
  性別を飛び越えての構いたくなるナニか
  それこそ能力とも呼べるナニか」   

 「人間の魅力って本人に意識が無いところで
  どおしてもあふれ出てしまうところだと
  思っていて、本人がどうこうできる次元では
  無いところにあると思っているんだ」

 「コレは縁だけでは片付けれないナニかが
  ああると思えて仕方がないのよね」

以降は人体の不思議エピソードを
散々聞かされた。
ぶっ続けでNHKを観た気分だ。
玄白からの印象は
思うがままに自然体で生きているのに
それでいて逞しさを感じた。

いい夜になった。

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