見出し画像

女優、女優、女優 「枕女優」新堂冬樹

性の平等が叫ばれるようになってから、職業も呼び名が変わっている。看護師、保育士、客室乗務員…。今考えると「OL」という言葉があった。そう思い出すだけでもぞっとする。やはり、こうした呼称は、職業に対しての敬意ではなく、「女性」であることを上から下に指し示す言葉だったように思えるからだ。こうした動きは、加速するべきだと思っている。でも、どうしても私にはなくなって欲しくない、男女が交わらない言葉がある。それが、

女優

こんなに偉大な言葉があるだろうか。美しく、優美で、孤高。そして国際的で、歴史的という、場所も時間も超える力さえ持つ。私はこういった言葉が、平等という定義だけの正義で失われないで欲しいと思っている。例えば、宝塚歌劇団の生徒として、男子は今後も除外されて然るべきなように、現代でも違ってよいものは沢山ある。男女の話ではないが、俳優という言葉よりも、俳優自信が自分を「役者」と呼ぶのも好きだ。これは、ある一定の経験や自信がないと自称できないと思うからだ。

映画「Wの悲劇」の中には、三田佳子先生が演じる、女優・羽鳥翔の沢山の名セリフがある。今見ると、薬師丸ひろ子が懸命にアイドルから女優になろうとする歯ぎしりを感じるようだ。その彼女が汚れた役を懸命に演じ、それを三田佳子が他の誰にも真似できない迫力で受け止めている映画にも見えてくる。でも、経験値とは恐ろしく、薬師丸ひろ子が響かせたのは、

「顔ぶたないで、私女優なんだから。」

ここまでだった。でも、すごくよかったし。当時の彼女の精いっぱいだったと思う。苦しんだと思う。だから、この映画は良かった。それを分かっている三田佳子は、これでもか、と映画で踊るように演じた。もちろん脚本の良さもヘルプしただろうが、女優が良くなければ、台詞は響かないのが基本だ。

劇中の三田先生は切り取りたくなる。女優としてピンチを迎えた時には、グラス片手に

「ダメなの、あたし、有名だから。スターなんだもん。隙あらば、引きずり落とそうとみんなで待ち構えて…ああああああーーただの女になっちゃう!」

そして、スキャンダルに巻き込まれることになった薬師丸ひろ子は、劇団の他のメンバーから、クビを言い渡されそうになる。三田佳子演じる羽鳥翔は、舞台下手からさっそうと登場して、手に腰を当てて、客席に座る劇団員に向かって言うのです。自分の筋書き通りに…。

「反対よ!お客様に道徳教えるために、芝居やってるわけじゃないでしょ?
私生活と舞台とどんな関係があるの?私生活がキレイじゃなきゃ、舞台に立つ資格がないとおっしゃるの?それじゃあ、どなたかしら?舞台に立つ資格がおありになるの」

このシーンは、三田佳子先生の、最高傑作の台詞だったと思う。そして、全てが終わり、何を犠牲にしたとしても、自分の主演作が壊されないように、計画した全てが成功した彼女は、つぶやく。

「舞台に立てたら、役者は何だってやるわよ。誰かが上がれば誰かが落ちるわ。」

鳥肌立つくらい、「女優」という響きの似合う作品です。もちろん、映画「イヴの総て」でも、同じような感覚を覚える時がある…。って、今日は、Wの悲劇を書きたかったわけではない。

新堂冬樹著「枕女優」

安い枕営業して仕事取ってくる営業女優、というような、陳腐な本ではありません。それは、高校三年の夏から始まってしまった、「女優」という競争社会を生きる一人の少女の人生記録。ただ、もちろん主人公の目線からだけを見るストーリーではありません。ノワール小説の鬼才と評される新堂氏ですので、衝撃的な言葉がエコーなしで耳に飛び込んで来るようです。

「少し瞼が重いな。鼻ももう少し高い方がいい。歯並びも気になる。谷川、一ヶ月で、全部直させろ。売り込みはそれからだ」。


新堂さんの本は、目を背けたくなる表現と、人間の欲望との境を心地よく、真っすぐ進む為、誘われるように一気に読んでしまうのです。待てないのです。章は設定されているのですが、ストーリーのたたみ掛けが止まらないのであります。この本を読み終えると、私は新潮文庫の「吐きたいほど愛してる。」を読んでしまい、グロテスクな言葉の中に、生身の人間の欲を超えた愛を感じてしまいました。更には、自分も紙一重で制御されているオブラートを破ってしまったら、こうなってしまうのではないか、という錯覚さえあったのです。この本も一日で読んでしまったと記憶しています。

「枕女優」、新堂さんですから、ノワールな「女優」を見る一冊です。でも、読み終えた時、映画を見終わったような感動と、恐ろしいという余韻と、もしかしたら、これは自分の話だったのでは、という疑似がきっとあることでしょう。

「枕女優」をU-NEXTで読む 

この記事が参加している募集

#私のイチオシ

50,853件

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?