手帳は着膨れるほど良い

毎年この時期は、季節の遠心力に振り落とされそうになる。

夏服でしぶとく凌いでいたが、気がつけば10月を半分も過ぎていた。ズボラな筆者も覚悟を決めて衣替えを始めなくてはならない。

よし、と一念発起して衣装ケースを開けると、昨年ネット通販で購入したものの、素材が分厚くて着るのを断念した秋服が出てきた。着られないわけではない。ただ、着ると確実に5kgは太って見えるのだ。

お世辞にも痩せているとは言えない筆者にとって着膨れは大敵である。まさか秋服でここまで着膨れるとは夢にも思わなかった。

うつむいて商品を試着しているモデルの方がとてもスマートだったのが余計に悔しい。

――と、まあ去年の失敗も今となっては味わい深い。心の中でそっとお礼を言って、この分厚い秋服とはお別れすることにした。冬隣の今は、もの一つ捨てるのさえ何だか物悲しく感じる。


秋は別れだけでなく出会いもある。この時期は新しい手帳が店頭に勢揃いする季節だ。

毎年衣替えを渋る筆者であるが、こと手帳に関しては絶対にサボらず新調している。敬愛するショーン・タン氏の作品が印刷された手帳カバーに一目惚れし、来年はほぼ日手帳を使ってみることにした。

ほぼ日手帳は、1日につき1ページの記入欄が設けられている大容量の手帳だ。

1日1ページも書くことがない、というのが今までほぼ日手帳を買わなかった理由なのだが、なんと今のほぼ日手帳には日付の記載がない「day-free」なる手帳がある。

ズボラな筆者でも、これなら使えるだろうと今回の購入に踏み切った格好だ。

day-freeはオリジナルのほぼ日手帳と比べてページ数が少ないが、それでも一般的な手帳と比較するとメモページはたっぷりある。

170ページ以上あるのだから、今から使っても大丈夫だろう――。

ショーン・タン氏のカバーが使いたくてウズウズしていた筆者は、そう考えて9月下旬からほぼ日手帳を使い始めた。が、これが失敗だった。

とにかく、驚くほど書き心地が良い。

ほぼ日手帳にはトモエリバーという超軽量紙が使われている。この紙は薄くて軽いのに、万年筆で書いてもインクが裏抜けしない。さらにコシがあって折れにくいという丈夫で頼もしい紙だ。

安物の紙によくある妙な引っかかりはなく、ペン先が紙の上を滑らかにすべっていく。自然と何か書きたくなる紙で、特に書くことがないときは「書くことがない」と書いてしまう。そんな紙である。

以前からトモエリバーの実力は知っていたが、やはり書いていて惚れ惚れする紙だと改めて思う。高価なほぼ日手帳だが、トモエリバーが使われているというだけで買う価値がある。

しかし、こうした長所はときに短所にもなる。

この素晴らしい紙が使われているばっかりに、筆者はすでにほぼ日手帳を50ページ以上消費してしまった。使い始めてまだ2週間なのに、だ。

エッセイの下書きから調べ物の覚え書きまで。極上の書き心地に浮かれて何でもかんでも書き付けていたが、今のペースだと2021年を迎える前にほぼ日手帳を使い切ってしまう。

これでは本末転倒だ。

危機感を覚えた筆者は、ほぼ日手帳の使用を控える……のではなく、急いでLOFTに向かった。ほぼ日の方眼ノートを購入するためだ。

ここまでくると糸井重里氏の戦略にはまっていると確信せざるを得ないが、やはりトモエリバーの魔力には打ち勝てない。

会計を終えた黄色いレジ袋には、覚えのないマスキングテープやシール、色ペンがいくつも入っていたが、これらの値段は早急に記憶から排除して家路についた。


結論からいうと、この買い物は大成功だった。

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持ち帰った方眼ノートを例のカバーにセットすると、2冊が見事にピッタリ収まる。ノートが1冊追加されたお気に入りのカバーは、その分大いに着膨れたが「好きなだけ書け」と言わんばかりの頼りがいが出てきた。

ことファッションにおいては着膨れを敵視している筆者であるが、手帳であればいくらでも着膨れてほしい。それを体現する手帳が出来上がった。

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次は何を書こうか。

今日もほぼ日手帳を開いて物思いにふけるのだが、一連の買い物で劇的に痩せこけた筆者の財布を見ると、やはり当分は書く量をセーブしなくてはならない。

お気に入りの手帳との出会いは、同時にお金との別れを意味する。出会いも別れもあるのが秋なのである。

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