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西洋菓子店 プティ・フール/千早 茜

主人公の亜樹さんを取り巻く登場人物が魅力的である。 中でも、菓子職人の祖父、「じいちゃん」はいわゆる「粋な男」でズバズバと本質を突く言葉が心地よい。 『女ってさ欲望に正直なんだよ。欲しいもの、手に入れたいものを目で追っちまうし、感情が顔に出やすい。人を喜ばせるものを作りたかったら若い女の反応を見たらいいんだ。女を昂奮させない菓子は菓子じゃねえ』 じいちゃんの亜樹さん評は手厳しく本質を突いていて、根底に流れる愛情にグッとくる。 『引き算ってものを知らねえ。臆病なんですよ』

    • さんかく/千早茜

      一度きりの人生をどう生きるかは難しい。 正確に言うと、どう生きるかを自分できちんと「選択」することが難しい。 読後に、そんなことを思った。 仕事、恋愛、結婚、出産、何かを選ぶと何かを手放さないといけいのか。 手巻き寿司のシーンの一節 「選べる自由って一番を見失うよね」 堀教授が好きだ。 銀座でいちごパフェを食べるシーン 「若い頃の私は違う世界に目を向けないきらいがありました。合理的であろうとすることは研究者として大事な姿勢ですが、それは必ずしも正解ではないんですよ。無駄だ

      • 透明な夜の香り/千早 茜

        小説で「香り」を表現できるなんて。 文体がとても魅力的である。 この先の展開が気になる、わくわくとさせる文体でありながら、同時に、小説の中の世界観や登場人物に没入し、この物語が終わりに近づくことに寂しさを感じさせる、稀有な小説である。 食事のシーンは秀逸である。 「苺とミントのスープ」「金木犀のジュレ」「焼きアスパラガス」、描かれている食事がどれも魅力的で、物語に文字通り「香り」を与えている。 同じミントでも、ペパーミント、スペアミント、アップルミント、それぞれ違いがある

        • 犬も食わない/尾崎世界観 千早茜

          読後の率直な感想は、なんだか気持ち悪い、スッキリしない、伝わらないもどかしさ、まったく何やってんだよ、、、 男女のコミュニケーションの難しさを表現した作品 じわじわと来る共感 クローゼットに隠れて同棲している彼女と自分の弟の会話を盗み聞く。 仕事をクビになっていないのに、彼女にはクビになったと訳の分からないウソをつく。 なんだか思い当たる。自分でもなんでそんな行動を取ったのか合理的に説明できないことがある。これは男性だけなのか。 彼女にはまったく理解できないだろう。 よ

        西洋菓子店 プティ・フール/千早 茜

          違国日記/早瀬 憩、新垣結衣

          朝役の早瀬憩の演技がもの凄くいい! 透き通るような透明感、瑞々しく、キラキラとまぶしくて、反面、感受性が高く、思春期特有の傷つきやすく繊細、今、まさにこのタイミングでしか演じることのできないであろう、そんな少女を演じている。 劇中の登場人物のなかでも女性がみな魅力的である。 凛として、しっかりと芯があって、美しくカッコイイ。 朝の高校の同級生は、一人一人のキャラがたっていて興味深い。 親友のえみり、クラスメイトの森本さん、中でも一番好きだったのが、軽音部の三森。演奏して

          違国日記/早瀬 憩、新垣結衣

          ミッシング/石原さとみ 青木崇高

          石原さとみ演じる母親、沙織里の狂気がすごい。 狂っていく妻を支えていかないといけない夫の苦しみ。 「本音」と「建て前」 SNSが普及した現代において「本音」という名の悪意のある言葉を吐き出すことのハードルが低くなった。 本来、面と向かっては言えない、言ってはいけない言葉をSNS上であればぶつけてもよいのか。「ただの個人の感想」であれば何をつぶやいても許されるのか。 メディアによる「事実を報道する」との建前のもと視聴者が食いつくであろう面白おかしい推論が、SNS上で加速された

          ミッシング/石原さとみ 青木崇高

          PERFECT DAYS/役所広司

          人生は変化である。 変わらない日常に見えるが、日々変化している。本人が望む、望まないに関わらず、周囲の環境や時間の経過と共に、変化が生ずる。 同僚の色恋沙汰に巻き込まれる。 行きつけの居酒屋がお客さんで溢れていて、いつもの席でいつもの雰囲気が楽しめない。 姪っ子の家出による同居生活。 同僚の急な退職により、残業を強いられる。 いつもの場所にいつものホームレスがいない。 変わっていくからこそ、変わらないものの大切さにも気づくことができる。 劇中だと、カセットテープの音楽や

          PERFECT DAYS/役所広司

          すばらしき世界/役所広司

          我々が生きているこの世界は「すばらしき世界」なのか。 みんなガマンして生きている。 背負うものがあるからこそ生きていける。 他者との関わり方について考えさせられる。 変えられるのは自分自身、他者を変えることはできない。 レールからはみだした者に対する視線、生きづらさ。 前の妻との電話でのやりとりのシーンが良い。 娘と食事、べっぴんさん 生きる糧はすぐ側にある。 他者と関わらずには生きていけない。

          すばらしき世界/役所広司

          アナログ/二宮和也 波留

          タイトルの「アナログ」に作り手の想いが集約されている。 1人1台のスマホが当たり前でラインやSNSで他者と簡単につながることができるこの時代に、「毎週木曜日に、同じ場所で会う」約束を交わす。 連絡を簡単に取ることができないため、お互いに行き違いや思い違いも生ずる。 「会えない時間が愛育てるのさ」よろしく哀愁。まさにそんな感じだろう。 もちろん、直接会って、言葉を交わして、お互いの思い入れのある場所を訪ねる、などの「二人の時間」は素晴らしいものであろう。 しかしながら

          アナログ/二宮和也 波留

          正欲/新垣結衣、磯村勇斗

          衝撃を受けた。 新垣結衣さん、磯村勇斗さんの「目」の演技に心を奪われた。 死んだ目、なにかを諦めたような表情。 社会の多数派ではない価値観を持つ人達だからこそ、人一倍感じるであろう思い。 誰かと思いを共有したい。自分のことを理解してほしい。同じ価値感を持った人とつながりたい。分かり合えるもの同士の絆。 この作品は映画と小説ではそれぞれ異なる良さがある。 小説を読んで感じたこと。 ・「多様性」「個性」「みんな違ってみんないい」、と良識派のつもりでいた自分に、「それ

          正欲/新垣結衣、磯村勇斗

          何もかも憂鬱な夜に/中村文則

          「アメーバとお前を繋ぐ何億年の線」 「現在というのは、どんな過去にも勝る。」 「お前の命というのは、本当は、お前とは別のものだから。」 恩師である施設長の言葉、主人公の僕の言葉に感銘を受けた。 自分自身の人生を俯瞰して見る、過去からの大きな流れの中で捉えることで、救われる人がいる。 昨今、「親ガチャ」という言葉に象徴されるように、自分の生まれ育った環境に諦観する風潮がある中で、そんな環境に置かれても生きる希望を見出す言葉が心に沁みた。 最後に希望で終わってよかった

          何もかも憂鬱な夜に/中村文則