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齋藤孝『未来の自分に出会える古書店』プロローグ&紹介書籍リストを公開!

 8月5日に発売になった、齋藤孝さん初の小説スタイルによる著作『未来の自分に出会える古書店』

 コンプレックス、いじめ、進学、恋愛、身近な人の死……思春期の少年なら誰しも突き当たるような問題に、本は道しるべを与えてくれ、成長に誘ってくれます。

 ポストコロナの時代を生き抜く青少年に贈る決定版の読書・人生の手引きです。

 本の話noteでは本書のプロローグと、サイトウさんが紹介した書籍リストを公開します。

<作品紹介>
サッカーに熱中する中学二年生の「メッシ君」と、絵を描くことが大好きな高校二年生の「ゴッホ君」の兄弟。
二人の家の近所に、古書店「人生堂」が開店した。
その店主「サイトウさん」は、二人がさまざまな悩みを相談するたびに、さりげないアドバイスとともに、何冊かの本を教えてくれる。

◇ ◇ ◇

プロローグ

 遠くの空がぼんやりと霞(かす)んで見える。また春がやってきた。ほんの少し不安でもあり、何か新しいことが始まる予感がする季節でもある。

 この街にも、そんなどっちつかずの気分をもてあましている二人の兄弟が住んでいる。

 まずは弟の「メッシくん」。メッシくんというのはあだ名で、本当の名前は歩(あゆむ)くんという。十三歳、中学二年生だ。サッカーのクラブチームのジュニアユースに所属している。将来の夢はJリーガー。

 家の近くの緑道を走るのが日課で、名前どおりに静かにコツコツと努力を重ねている。真面目で正義感が強く、学校でもなかなかの人気者である。背丈はクラスで真ん中あたり。太腿やお尻周りは筋肉質でたくましい。毎日欠かさず牛乳を飲み続けているから、きっとまだ背は伸びるはずだと本人は信じている。

 一方、兄の「ゴッホくん」。本当の名前は光(ひかり)くんという。十六歳、高校二年生で美術部とバドミントン部を掛け持ちしている。将来は画家か漫画家になりたいらしい。

 弟とは対照的でチームプレーは苦手。保育園でも小学校でも先生からマイペースでユニークだと言われ続けてきた。意外とおしゃべりで友達も多いが、暇さえあれば絵を描いている。背はすくすくと伸びて百八十センチメートルを越えた。全体に見た目はほっそりとしている。

 兄弟は、お母さんと三人で暮らしている。お父さんはずいぶん長いこと家族と離れて暮らしているが、詳しい事情はこの物語の終わりのほうでわかるかもしれない。

 二人が住んでいる街は、繁華街から電車で二十分くらい離れている。近くに大きな川が流れていて、緑もそれなりに多い。閑静な住宅街、古い一戸建てに暮らす彼らの朝の光景をのぞいてみよう。

 おや、お母さんが起きてきた。

 家で文章を書く仕事をしていて、昨日の夜も遅かったようだ。いつものことだが、朝からとっても眠そうだ。目を閉じたままガリガリと音を立ててコーヒー豆を挽いている。

 そこへ弟のメッシくんが、日課のランニングから帰ってきた。

「ちょっと、ここで靴下脱がないでよ」

 お母さんは、メッシくんが家に帰ってくると、いつもリビングで靴下を脱ぎ散らかすのが気に入らないらしい。

「一刻も早く解放されたいんだよ」

「脱衣所で脱いで、そのまま洗濯カゴに入れればいいのに」

 毎朝繰り返されるやりとりだ。

 最後に起きてきたのは兄のゴッホくん。

「ふあぁっ、二人ともうるさいよ」

 大きなあくびをして、ひどい寝癖のまま食卓についた。

 さて、この兄弟、二人とも成績は悪くはないが、得意な科目と不得意な科目の差がかなり激しい。

 メッシくんは、小テストや定期テストなど、範囲が決まっていれば集中して勉強し、それなりの点数をとれるが、実力テストはガクンと成績が落ちる。特に数学は、「これが何の役に立つのかさっぱり分からない」と首を傾(かし)げる。体育や音楽など、実技教科はとにかく全力で取り組むため、成績は良く先生たちにも気に入られている。

 ゴッホくんは、小学校の途中までノートも教科書もどこもかしこも落書きだらけ。授業中も絵に没頭すると、先生の声が入ってこない。新人の先生に「注意をしても授業中もずっと絵を描いているんです」と面談で泣かれて困ったとお母さんがよく言っていた。五年生のときにちょっと変わり者の先生に絵をほめられて、それ以来勉強にも興味が出てきた。現在はどちらかというと進学校の公立高校に通っている。成績も全体的には良いほうだが、国語の長文読解が苦手だ。

 お母さんは、二人にはそれぞれ自分の好きな道に進んでほしいと思っているのだけれど、一つだけ心配していることがある。

 それは、二人が本をあんまり読まないことだ。

 お母さんは子どものころから本がとっても好きで、二人にも読んでほしいと思っている。だけど、いくら良い本を勧めても、かえってうるさがられてしまうから、最近は何も言わずに見守ることにしている。

 まあとにかく、こうして、お母さん、ゴッホくん、メッシくんで、にぎやかな朝食が始まった。

 今日は二人がそれぞれ中学、高校の二年生に進級して初めての登校日。

 いま食卓では、メッシくんの通う中学校の近所に古本屋ができて、漫画が安く買えるらしいから帰りに寄ってみよう、なんて話をしているけれど……。


◇ ◇ ◇

『未来の自分に出会える古書店』目次と紹介された本


1. ポジションはベンチ 自己実現と友情

井上雄彦『スラムダンク』(集英社ジャンプコミックス)
松本大洋『ピンポン』(小学館ビックコミックス)
ニーチェ『ツァラトゥストラ』(中公文庫)


2. どこに向かうべきか
 夢と進路

ヴィンセント・ヴァン・ゴッホ『ゴッホの手紙』(岩波文庫)
棟方志功『板極道』(中公文庫)
棟方志功『わだばゴッホになる』(日本図書センター)
夏目漱石『私の個人主義』(講談社学術文庫)
志賀直哉「清兵衛と瓢箪」(岩波文庫『小僧の神様』所収)


3. 世の中はしょせんお金?
 貧困と教育

桑田真澄「独白」(文・石田雄太/『Number』2018年9月27日号)
福澤諭吉著/齋藤孝訳『現代語訳学問のすすめ』(ちくま新書)
ムハマド・ユヌス『貧困のない世界を創る』(早川書房)


4. 受験勉強は時間の無駄?
 芸術と哲学

デカルト『方法序説』(岩波文庫)
レオルド・ダ・ヴィンチ『レオナルド・ダ・ヴィンチの手記』(岩波文庫)ヘレン・ケラー『わたしの生涯』(角川文庫)


5. いじめはなくなるのか
 多様性と共存

森鴎外「杯」(筑摩書房『森鴎外全集第一巻』所収)
宮沢賢治「よだかの星」(ちくま文庫『宮沢賢治全集5』所収)
黒柳徹子『トットちゃんとトットちゃんたち』(講談社青い鳥文庫)
黒柳徹子『窓ぎわのトットちゃん』(講談社文庫)


6. 好きな女の子ができた!
 あこがれと恋

大友克洋『AKIRA』(講談社KCデラックス)
河野裕子・永田和宏『たとへば君 四十年の恋歌』(文春文庫)
ポール・モラン『シャネル——人生を語る』(中公文庫)


7. 地球で暮らすということ
 環境と人間

宮崎駿『風の谷のナウシカ』(徳間書店アニメージュコミックス)
レイチェル・カーソン『沈黙の春』(新潮文庫)
石牟礼道子『苦海浄土 わが水俣病』(講談社文庫)
レイチェル・カーソン『センス・オブ・ワンダー』(新潮社)
中村哲『天、共に在り アフガニスタン三十年の闘い』(NHK出版)


8. ひいおばあちゃんの死
 生きること、死ぬこと

広島テレビ放送編『いしぶみ 広島二中一年生全滅の記録』(ポプラポケット文庫)
ヴィクトール・E・フランクル『夜と霧 新版』(みすず書房)


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担当編集者が本の魅力や舞台裏をホンネで語る【編集者通信】。
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