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アンケート集計レポート(2)書籍編「これが響いた! ことば、通訳、翻訳 2020年を振り返る」

2020年11月30日~12月15日に実施した読者アンケートにご回答いただいた皆さま、ありがとうございました。トークイベント編に続いて、書籍編の結果を発表いたします。

通訳、翻訳、ことば関連の本は、トーハン日販オリコンなどが発表する本の年間ベストセラーランキングで見かけることは例年あまりありません。語学やことばというテーマは時宜的な部分もありますがおおむね普遍的で、「読みどき」は人それぞれ。その分、長く読み継がれている優れた本が数多くあります。

そのためこのアンケートでも、刊行年を問わず、2020年に「読んだ」本のうち印象に残った1冊をそれぞれにお聞きしました。集計の結果、2019年末から2020年末までの1年間に刊行された本を選んだ方が約半数、残りがそれ以前に刊行された本という結果になりました。回答者からのコメントとあわせてご紹介します。

2020年に刊行された通翻訳、ことばに関する本

柴田元幸『ぼくは翻訳についてこう考えています』(アルク)

柴田元幸先生が翻訳に対する考え方や翻訳手法について述べた1冊。深くてユーモラスな100の言葉はどれも貴重で、手元に置いて何度も読み返したい本です。

印象に残った言葉:「英語を読める喜び」 
実務以外の英語を読むようになり、そのことを感じるようになってきたので(匿名さん)

関根マイク『通訳というおしごと』(アルク)

第一線で活躍する会議通訳者である関根マイク氏が、現場の豊富な経験から仕事の魅力やノウハウを伝える本。著者が理事を務める日本会議通訳者協会(JACI)では昨年「日本通訳翻訳フォーラム2020」を開催。トークイベント編の回答でも、印象に残ったセッションが多数挙がっていました。

トップ通訳者のマイクさんの語る内容はいつもハラハラドキドキしてとても楽しいです(pochikoさん)

「結び目をつくる仕事」という言葉が言い得て妙だなと強く印象に残っています。(とぅみぃさん)

松下佳世 編著『同時通訳者が「訳せなかった」英語フレーズ』(イカロス出版)

現役通訳者たちが現場で遭遇し、訳出に苦労した80の英語表現を紹介する本。noteで連載中の4コマ漫画も収録され、楽しく英語を学べる1冊です。

これは自分でも訳せない!と思うフレーズが盛りだくさんで勉強になる反面、諸先輩方でも苦労されているんだなあと勇気づけられました。(池田治樹さん)

自分が著者として参加したものが形になった。内容もとても勉強になるものだった。(ともさん)

倉林秀男/今村楯夫『ヘミングウェイで学ぶ英文法2』(アスク出版)

英語文法書としては異例のベストセラー。Twitterをきっかけに翻訳者、学習者のみならず一般の英語学習者にも広く読まれています。トークイベント編でも著者のセミナーが印象に残ったとの声が複数ありました。

2019年末に刊行された本ですが、その後同著者の『オスカー・ワイルドで学ぶ英文法』や山本史郎 西村義樹 森田修各氏の『オー・ヘンリーで学ぶ英文法』とシリーズ刊行が続いているため、「2020年の本」として紹介しました。
この本の魅力について、

本の帯に書きましたので読んでください。(鴻巣友季子さん)

と鴻巣さんからコメントをいただきました! その帯文をご紹介します。

鴻巣友季子氏(翻訳家)推薦!!
「代名詞が過去を暗示し、比較級が消えた情景を呼び起こす。
倒置構文が生と死を語り、助動詞が時を巻き戻す。
文法学習とはなんとスリリングな文学の冒険だろう」


岩井圭也『文身』(祥伝社)

作家を主人公とした長編小説。気鋭の新進作家による問題作として話題になりました。回答者ヨーセクさんの、言葉のプロとしての視点がとても興味深いです。

翻訳について直接語る内容ではありませんが「作家」の立ち位置から多角的に言葉とは何か、文字で伝えるとは何かを表現しており、翻訳者としての視野を広げる作品だと強く感じました。
原語を変換する翻訳者には、このような多角的な眼が必要ですし、単純に語学だけ、海外の文化だけを学ぶだけではたぶんいけないのだという思いを強くしました。翻訳者は原文の伴走者ではありますが、黒子に徹しつつも「表現」をあるは表現のもつ豊かさを考えなければならない。それは葛藤を伴う作業です。(ヨーセクさん)

山本貴光『マルジナリアでつかまえて』(本の雑誌社)

「本の雑誌」の人気連載書籍化第1弾。本の余白に書き込まれた言葉が語るものについて考えるという斬新な1冊。

試し読み記事も公開されています。

本に書き込みをして何度も読み返し、理解しようとする姿勢に感銘を受けた。(mohariさん)

読書猿『独学大全――絶対に「学ぶこと」をあきらめたくない人のための55の技法』(ダイヤモンド社)

ブログやTwitterでおなじみの著者による「勉強法の百科事典」。刊行から3か月足らずで11万部を売り上げている話題書です。

あらゆる仕事・勉強に役立つメソッドの宝庫。これを読まずに生きるなんて…(川月現大さん)

川添愛『ヒトの言葉 機械の言葉 「人工知能と話す」以前の言語学』(角川新書)

『働きたくないイタチと言葉がわかるロボット』をはじめことばの仕組みや理論を面白く分かりやすく書く著者の最新作。

私たちは本当に「意味」が分かっているのか という問が翻訳を考える上で本質的な問だと思った。(sozaiさん)

同著者の最新書『ふだん使いの言語学―「ことばの基礎力」を鍛えるヒント―』もまもなく刊行予定。


コーリー・スタンパー/鴻巣友季子、竹内要江、木下眞穂、ラッシャー貴子、手嶋由美子、井口富美子『ウェブスター辞書あるいは英語をめぐる冒険』(左右社)

アメリカで最も古い辞書出版社メリアム・ウェブスター社の名物編纂者が辞書編纂や英語についてユーモアたっぷりに綴ったエッセイ。

辞書制作現場の深くてユーモラスな話題の数々に惹き込まれました。プロ翻訳者として辞書を仕事道具として義務感にかられて毎日読んでいますが、この本を読んで、言葉を楽しく味わう気持ちを思い出しました。(こばつさん)

昨年12月24日に刊行されたばかりのメアリ・ノリス/有好 宏文『カンマの女王 「ニューヨーカー」校正係のここだけの話』も言葉を深く細かく追究する姿勢が共通し、楽しみな1冊です。

これらの本をはじめ、2020年は『オックスフォード英語大辞典』(OED)編纂をめぐるノンフィクション『博士と狂人―世界最高の辞書 OEDの誕生秘話』の映画化作品が公開されたほか、『岩波 国語辞典 第八版』(2019年11月)、『新明解国語辞典 第八版』、『明鏡国語辞典第三版』、『旺文社標準国語辞典 第八版』などの国語辞典の新版が相次いで刊行されるなど、ことばや辞書に関する本が話題が多い年でもありました。

学習書からエッセイまで ことばを広く・深く知る本

続いて2019年以前に刊行された本。アンケートの設問に「通翻訳、ことば、語学に関する内容であれば、専門書、学習書、新書、エッセイ、コミックなどジャンルは不問です」としたところ、多種多彩な本が集まりました。大まかにジャンルを分けて、回答者のコメントとともにご紹介します。

翻訳について

藤井光・他『文芸翻訳入門』(2017, フィルムアート社)

感銘を受けた部分:道は長く遠い。しかし翻訳ほど楽しい仕事はない。それは十分な時間をかけた読書である。つまり読書の最終形態である。(P148 西崎憲氏)(安達眞弓さん)


越前敏弥『翻訳百景』(2016, 角川新書)

実はまだ読み終わっていないのだが、実務的な部分で非常に参考になる。特にタイトルの付け方。読者の手にとってもらえるかどうかの第一歩なので非常に重要だと思った。(もこさん)

駒宮俊友『翻訳スキルハンドブック』(2017, アルク)

英日翻訳向けだけど日英翻訳にも当てはまる部分が多く、とても参考になった。自分も社内勉強会を開くことがあるので、今後活用していきたい。(どんくんさん)

英語関連

遠田 和子(著) 岩渕 デボラ(英文校閲)『究極の英語ライティング』(2018, 研究社)

仕事は英日翻訳なのですが、日英翻訳について勉強したいと思い、この本を購入し、間もなく読了というところです。とても実践的な内容で、ページをめくる度になるほどーとうなづいています。そして、こういう日本語の文は英文ではこうなる、という例を見ながら、視点を逆にするとこういう英文はこう和訳できるという勉強にもなり、立体的な理解が深められるという点でも良い本だと思います。(生方 眞美さん)

ロバート・ヒルキ、上原雅子、横川綾子、トニー・クック『頂上制覇TOEICテストスピーキング/ライティング 究極の技術』(2013, 研究社)

頂上制覇というタイトルから完璧を目指すものかと思いきや、「学習者はネイティブスピーカーレベルではなく、英語を母国語としない者同士が話をする際に誤解を招かないような発音を身につける事を目標とします」とあり、英語学習者として安心しました。完璧(=ネイティブレベル)でなければならないという先入観に苦しんでいる人に教えたいです。(Sunnyさん)

山岡洋一『英単語のあぶない常識』(2002, ちくま新書)

著者の調査方法と結論に納得した。(Ginger Taigaさん)

越前敏弥『日本人なら必ず誤訳する英語 決定版』(2019, ディスカヴァー・トゥエンティワン)

印象に残った言葉:2巡目からが本番、みたいな言葉。(吉田博子さん)


日本語関連

石黒圭『「読む」技術』(2010, 光文社新書)

文や言葉ではないのですが、本を味わって読むための方法の一つとして提示される「視点」(視座・注視点・視線・視野)の考え方の部分を、とても興味深く読みました。説明のあと例として宮沢賢治の「やまなし」と「銀河鉄道の夜」の一節が示されるのですが、「視点」に注目して読むと頭の中に映像がより鮮やかに浮かんできて、ちょっと感動したのを覚えています。(勝田さよさん)

野口恵子『失礼な敬語』(2013, 光文社新書)

普段何気なく気にもせず、まあこんなもんだと使っていた敬語がことごとく誤用であることを警鐘してくれた良書。
拡散する簡易敬語は誤用なので要注意。
誤用例:「早めにお手続きください」
    「お声かけください」
「~していただく」の過剰使用にも要注意。
「させていただく」を使いこなすのは難しい。(門脇恵実さん)

ことばを深く知る・楽しむ

泉井久之助『ヨーロッパの言語』(1968, 岩波新書)

各地で話されている印欧語の仕組みや歴史的経緯をこれでもかというほど詳しく述べているのが良かった。新書ながら詰め込まれている内容が非常に濃い。印欧祖語の母音交替にまで遡って現代英語とドイツ語の動詞の活用を説明していたりする。書き手の癖として、説明している本題から脱線してどんどん細かい事柄へと逸れていってしまう傾向はあるが、それも悪くない。ただ、文学的でしかつめらしい文体で書かれている上に、かなり深いところまで説明していたりするので、言語学の知識がない人が読むにはかなりつらいと思う。(ねくたりんさん)

今井むつみ『ことばと思考』(2010, 岩波新書)

自分にとって認知言語学の入り口になった本。(匿名さん)

新井紀子『AI vs. 教科書が読めない子どもたち』(2018, 東洋経済新報社)

機械翻訳と読解力に関するくだりが興味深く感じました。読解力を上げるヒントは精読にあるのでは、という言葉が印象にのこり、もう少し追求して考えたいと思いました。(ナマケモノさん)

先達に学ぶ・名文に親しむ

小川政弘『字幕に愛を込めて 私の映画人生 半世紀』(2018, イーグレープ)

キューブリックが日本語訳に注文を付けたエピソードが興味深かった。(中島礼子さん)

多和田葉子『言葉と歩く日記』(2013, 岩波新書)

(コメントなし、書名のみの回答)
ドイツで暮らし各地を旅する著者の日本語とドイツ語の両言語をめぐる興味深いエッセイです。(筆者註)

2020年を振り返って

昨年3月に当Webzineで公開した「翻訳者をめざす人のためのブックガイド42冊[芋づる式! 岩波新書]」では、翻訳学習に必要な知識や技術を得るヒントになる主な本を7つのジャンルに分類しました。

①翻訳について
②翻訳対象言語関連(英語)
③〃 (日本語)
④辞書 翻訳ツール
⑤調べる力 考える力
⑥先達に学ぶ 名文に親しむ
⑦ことばを深く知る 楽しむ

記事の最後にもふれたように、通翻訳やことば関連の仕事はプロに「なる」ことがゴールではありません。仕事を長く「続ける」ためには人とのつながりや体力・健康の維持が欠かせませんし、言葉や対象分野への興味関心、好奇心を持ち続けることも大切です。今回のアンケート回答でも学習書からエッセイ、文芸書まで、ことばについて広く深く学び、親しむ本が集まりました。

もちろん回答者の皆さんは通翻訳関連書にとどまらず、さまざまなジャンルの本を読んでいることでしょう。2020年は特に、コロナ禍で読書をする時間が増えたと言う声を周囲でもよく耳にしました。私自身も、昨年ほど多種多様な本を読んだ年はありませんでした。

読書のお供に、今回回答者の皆さんが寄せてくださった本や「ほんやくWebzine」の執筆陣による記事でご紹介した本をぜひ参考にしてください。

本年も「ほんやくWebzine」をどうぞよろしくお願い申し上げます。

「ほんやくWebzine」編集チーム(星野靖子)


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