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リレーエッセイ/「わたしの2選」『Finding the Mother Tree』『Luschiim’s Plants』(紹介する人: 生方眞美)

英日翻訳者の生方眞美です。
リレーエッセイの執筆にお声がけいただき、ありがとうございます。
仕事ではマーケティングやビジネス関連の文書を翻訳していますが、普段好んで読むのは鳥や動物、植物、自然科学に関する書籍やウェブ記事です。
本稿では、私がいま住んでいるカナダのブリティッシュコロンビア(BC)州の自然に関わりのある本2冊とその著者についてご紹介します。

Finding the Mother Tree

「ウッド・ワイド・ウェブ」という言葉を聞いたことがあるでしょうか。
森の木々が地下に張り巡らされた菌根を通じてつながり、互いに情報や栄養を送り合っている様子をワールド・ワイド・ウェブになぞらえた表現です。 

Finding the Mother Tree』は、菌根ネットワークが支える樹木の共生関係と相互依存の研究に半生を捧げてきたスザンヌ・シマード(Suzanne Simard)博士による回顧録です。 

BC州の山地で、木の伐採を代々生業としてきた家系に生まれたシマード。1980年代初めに林業会社の仕事に就き、木を皆伐した土地の森の再生に携わります。植樹した針葉樹の苗木が育たない状況に直面し、自生した木と違って根に菌根が共生していないからではないかと考えたことがきっかけとなり、謎を解明するべく研究者の道を歩み始めます。 

本書の主軸となる研究者としての足跡では、さまざまな実験について語られています。実験と言っても研究室で行うものとは違い、山地で穴を掘り木を植えて、数か月数年単位で成長を待つ労力と根気の要る作業。中でも印象的なのが、照葉樹のカバノキと針葉樹のダグラスモミが菌根ネットワークを通じて互いに栄養を送り合っていることを証明した実験です。異なる種類の木が競争するだけでなく共生関係を持つことを示した論文は、1997年に科学専門誌『ネイチャー』に掲載され、注目を浴びた一方で議論も呼びました。 

シマードのもう一つの大きな功績は、「母なる木」(Mother Tree)という概念を科学的に証明したことでしょう。樹齢の長い木が母なる木となり、森の地下に広がる菌根ネットワークのハブとして機能し、つながっている何百もの若い木々に栄養を与えていること。母なる木は自分の種から育った子供の木を認識し、他の木よりも多く栄養を送ること。母なる木が害虫などの危険を察知するとそれをネットワークで知らせ、若い木々に防御を促すこと。シマードは、菌根でつながった木々が活発にコミュニケーションを取り、共生している様子を明らかにしていきました。 

しかし、今に至る道が平坦だったわけではありません。男社会の林業会社に飛び込んだときから異色の存在だったシマード。科学界に軸足を移してからは、森には針葉樹だけでなくカバノキやポプラも必要であり、森の多様性を守ることが林業の生産性を向上させると主張しました。森を皆伐し、不要な樹種は駆除して、金銭価値のある針葉樹だけで再生するのが効率的だという方針を進めていた当時の林業界には、シマードの意見は受け入れられず反発を招くばかり。“Miss Birch”=カバノキのお嬢さんと揶揄され、男性森林官から邪魔をするなと恫喝される経験もします。 

本書のもう一つの軸となっているのが、家族の物語です。伐採業を営んできた家族の歴史、自然の中で育った幼少期の記憶、早逝した弟への痛切な想い、子供を育てながら研究を続けた結婚生活。乳飲み子を連れてプレゼンテーションに赴いたり、離れて暮らす家族の元へ片道9時間かけて毎週往復したりといったエピソードからは、母親であり研究者であるシマードの苦悩がひしひしと伝わってきます。 

カバノキとモミの実験から約20年後、シマードは二人の娘と姪と共に現地を訪れます。カバノキと一緒に植えられたモミは、健やかに成長していました。病を克服したシマードの心中に去来するのは、死を前にした母なる木は最期、これまで以上に多くの栄養を若い木々に送り知恵を伝えることを示す実験結果でした。自分は子供たちに何を受け渡せるだろうと考えるシマード。本書の最後を飾るのは、閉鎖された鉱山跡地で森が蘇っている様子です。害虫の影響、過度な皆伐、温暖化による山火事の増加など、森はいま厳しい状況に置かれています。それでもシマードは悲観しません。森は自ら立ち直る強靭な生命力を持っている。人間には流れを変える力がある。森の多様性を守る適切な森林管理を進め、人間が自然と向き合い、木や植物を意識のある存在として理解することで解決策を見出せるというメッセージで、本書は締めくくられています。 

科学者らしい細やかな観察に基づいた自然描写も魅力的な『Finding the Mother Tree』。シマードと一緒にBC州の多雨林を散策している気分を味わいつつ読み終える頃には、森と木に対する印象が大きく変わっているでしょう。

Luschiim’s Plants

『Luschiim’s Plants』は、民族植物学者のナンシー・J・ターナー(Nancy J. Turner)博士がバンクーバー島の先住民族カウィチャン・ネイション(Cowichan Nation)のルスチーム・アービッド・チャーリー(Luschiim Arvid Charlie)名誉博士に教えを請い、食料、材料、薬として先住民族に利用されてきた地元の植物に関する知識をまとめた本です。 

植物は英語の一般名、学名に加え、フルクミーナム語(Hul’qumi’num’)の名前で紹介されています。1種類ずつ概説に続いて、カウィチャン・ネイションでどのように使われているのかについてルスチームの解説が載っています。ターナーによるルスチームへの聞き取りの形を取っており、解説を読んでいると、野外調査の現場でターナーと一緒にルスチームの話を聞いているような感覚を覚えます。 

例を挙げてみましょう。Western Red Cedar(ベイスギ)のフルクミーナム語名はxpey’。「クペイ」と読みます。カヌーやバスケットの材料など用途の広い木であることから、スギの板を指す場合はxexpey’、樹皮ならsluwi’など、さまざまな呼び名があります。ルスチームによれば、かつてカウィチャンの人々は生まれてすぐベイスギの樹皮をほぐして作ったブランケットでくるまれ、成長してからはベイスギでカヌーや建物、さまざまな道具を作り、最後にはベイスギの棺に入るといった具合に、一生をベイスギと共に過ごしたのだそうです。 

また、私の好きなTrailing Wild Blackberry(キイチゴの一種)の葉には薬効があり、Red Alder(ハンノキ)の樹液は甘く食用になるなど、身近な植物について現代の生活にも役立つ知識が身につくのも楽しい点です。 

ナンシー・ターナーは、カナダ西部の先住民族が持つ伝統的知識の体系や土地と資源の管理方法に関心を持ち、植物学と生態学に人類学、地理学、言語学を組み合わせて研究を続けてきた民族植物学の第一人者です。50年以上にわたり、先住民族コミュニティと共に、土地固有の食料、材料、薬、植物に関する言葉など植物や土地に関連する伝統的知識を記録し保存する活動を続けてきました。 

ルスチーム・アービッド・チャーリーは3歳より周りの大人たちから植物や薬について学び始め、長じてからは狩猟と漁に勤しみ、伐採業に就き、自然と森に関する知識を深めました。1970年代にカウィチャンの土地と文化に関わる仕事をするようになって自分が持つ言語、文化、自然に関する知識の重要性に気づき、その後数十年にわたり、フルクミーナム語の記録と保全、および伝統的知識の継承に取り組んできました。 

ターナーとルスチームの15年以上に及ぶ交流から生まれた『Luschiim’s Plants』。この本には、自然と共に暮らしてきたカナダ先住民族の伝統文化を次の世代に残したいという人々の希望が詰まっています。


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スザンヌ・シマード博士に関連するTED動画が2点あります。日本語字幕も付いていてわかりやすいので、興味があればご覧になってみてください。

「森で交わされる木々の会話」

 「木が話す秘密の言葉 ― カミーユ・ドゥフェルヌ&スザンヌ・シマード」


■執筆者プロフィール 生方眞美(うぶかたまみ) 

マーケティング/ビジネス分野の英日翻訳者。現在15年目。今の主な仕事は、プレスリリース、Eコマースサイト、ITマーケティング、Eラーニング関連の翻訳。趣味は野鳥観察、オンラインライブ鑑賞、読書、ウォーキングのほか、発酵食品、家庭菜園、薬用植物に興味がある。将来手がけたいことは、鳥に関する書籍の翻訳。
noteで「カナダを伝える会」に参加しています。
個人ページはこれから充実させていく予定。



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