「アイロニー、皮肉の塊」

19世紀自然派の小説家、
短編の名手、モーパッサン。
代表作となる『脂肪の塊』、
『Boule de Suif』は、
知性が発狂にまで及んだ
彼の作品らしい皮肉な語り、
「皮肉の塊」である。

プロシア軍に敗れたフランス。
パリを馬車で逃げ出した
商人や貴族、尼さんに混じり、
ひとりの小太りの娼婦がいた。
長い睫毛の黒い瞳に小さな赤い唇、
肌が白く艶やかで見事な乳房。
その娼婦にプロシアの士官が惚れた。

女を抱きたいと願う士官は
旅人全員に足止めを食らわす。
娼婦にもフランス人の誇りがある。
憎き敵国の言いなりにはならない。
ところが同行のフランス人たちが、
私的優先で娼婦に抱かれろと願う
恥ずべき人間たちであったのだ。

普仏戦争で敵を憎み戦争を憎んだ
モーパッサンの筆は自国にも及び、
娼婦だから魂まで売り飛ばせという
誇りなきフランス人をも憎んだ。
民主主義者コルニュデが最後に歌う
「マルセイエーズ」に思いを込める。
 
祖国を思う清い愛情よ
導き支えよ、我ら復讐の手を
自由よ、愛しき自由よ
同志とともに戦え!

※歌詞の訳は本条寺京太郎