しらふの花見

まだ3月だというのに

とても暖かいので、

今は亡き庄野潤三さんの

『貝殻と海の音』を抱えて

近くの公園に歩いて行く。


桜はすでに盛りを過ぎて

葉を出し始めている。

とはいえ満開の花の下、

薄日が差している

木製のベンチに腰かける。


本を開いて読み始めると

ちらちらと桜の花びらが

舞いながら落ちてくる。

桜貝のような薄く綺麗な

花びらが何枚も何枚も。


病気をする前ならば

日本酒も抱えてきて

茶碗酒に入ってくる

花びらをそのままに、

呑んだことだろう。


ほろ酔いになると、

見上げる桜の花々が

ぼんやりとしてきて

得も言われぬ美しさに

見惚れてしまうのだ。


ああ、しらふでの花見は

なんと味気ないものだろう。

庄野さんの小説がなければ、

気落ちするところだ。でも、

こうして桜が眺められる。


死んじゃったらもう

いくらあがいたって

この美しい桜は見られない。

桜を眺められるだけで

幸せと思え、なのである。