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闇を照らす赤き曳光弾

12月13日
葦芽のごとくひろつ流れ海に芽生えし島国、あしかび国の攻撃が始まって3日目。この世をつくりしというひとつ神を信じるhyutopos(ヒュトポス)の一国、HYUTOPIA(ヒュートピア)国の軍隊は、天の中つ国の南、光り輝ける都市まち、華港から、湾の対岸の華港島へと退却した。いったん態勢を整えようというのだ。
このとき、まだいくさ火蓋ひぶたは切られたばかりだった。あしかび国も、HYUTOPIA国にさらに攻撃を加えるべく、華港島への上陸にむけた準備を始めた。

あしかび国の華港島への上陸は、島にむかって右側から攻める「右翼隊」、左側から攻める「左翼隊」と、二手ふたてに別れた作戦が立てられていた。
上陸にあたりまず戦陣を切るのが歩兵隊である。それを援護する火砲隊、二手に分かれた隊の連絡を担う通信隊、橋などその場で作る工兵隊、弾薬や食料などの物資を運ぶ輜重しちょう隊、さらに傷ついた兵の治療にあたる衛生隊や野戦病院まで含めると、およそ1万人以上の兵からなっていた。ちなみに、馬の数は3千頭以上となった。HYUTOPIA国側の兵も、hyutoposの連合軍からの支援と義勇軍という市民兵まで加わり、およそあしかび国と同数をそろえているという。双方、まさに総力を挙げてのいくさである。

あしかび国の農民あがりの兵、喜平の火砲隊は、攻撃隊の右翼に位置づけられ、まずは歩兵の上陸をたすける役目を担った。歩兵が湾を船で渡る間、敵から攻撃を歩兵隊からそらし、さらに島にある要塞、トーチカを破壊するのだ。

喜平の陣は、いま華港島を間近に臨む砂浜にいた。
喜平の隊が扱う火砲は、山砲といって分解して持ち運べる小型の機動性を有したものだ。山砲と名がつくくらいだから通常は、山の上など高いところから撃つ。それが低地の砂浜からとなると少し勝手が違う。まず、山砲が弾を発射したとき動かないよう足場を整えなければならぬ。砂浜に火砲の足場を組むのは容易でない。
喜平は、山砲の足場となる木の板を探し回った。といっても、戦時だ。材木店から調達するような余裕はない。さらにHYUTOPIA国が対岸の島から砲弾が打ち込んでくる。そんな状況で、調達せねばならない。戦場となった都市まちから戦を逃がれ空となった人家や商店を回り、適当な板をかき集め、なんとか足場をこしらえた。
小さいころ、ささいないたずらは見逃してくれた父だが、遊んでいて何気なしに他所よその畑のかぶを抜いて食べていたところを父にみつかった。そのとき、「他人様ひとさまのものを盗むとは」と、父のげんこつをくらった。
おのれが、こそ泥のまねをするとは……」
喜平は、自嘲気味につぶやいた。
つくづく戦という常ならぬ異常さを思ったが、そんな「生ぬるいことは言ってられない」のが戦場いくさばだ。「生き抜くためだ」とすぐに忘れることにした。
足場の周りには、相手からの攻撃の際に逃げ込める、ごうもほった。
こうして砂浜の砲台は、HYUTOPIA国の攻撃のなか2日ばかりで完成した。

迎えて12月18日
あしかび国がいよいよ華港島に上陸する日を迎えた。
夜9時、作戦の火蓋ひぶたが切られた。
まず、あしかび国の火砲が、「撃て」の命令で、一斉に対岸の華港島のHYUTOPIA国の要塞、トーチカへ砲撃を始めた。すかさず、HYUTOPIA国から反撃があった。双方、すさまじい砲撃戦だ。
その間に、歩兵部隊は、船で距離にして数Kmキロメートルの湾を渡る。歩兵隊の上陸が成功すれば、赤い曳光弾えいこうだんが打ちあげられることなっていた。
「あがったぞ、上陸成功」
喜平の火砲隊の観測手が叫んだ。

歩兵隊に続き火砲隊が続く番だ。一刻の猶予ゆうよも許されない。
山砲を解体し、人力で運ぶ。が、暗闇で、砂浜である。足下あしもとがおぼつかないなか、慎重に運ばねばならぬ。そのとき、にわかに明るくなった。
HYUTOPIA国の照明弾だ。
砲を運ぶあしかび国の兵の姿が昼真の光のなかに明らかになった。そこへ、HYUTOPIA国から弾が撃ち込まれる。砂の上にうずくまり危うく弾をよける。
そんな状況の繰り返しで、ようやく乗船場に着いた。

本来、生き物は闇は恐れる。それが備わった本能というもの。が、喜平は、この時ばかりは闇に安堵を覚えた。
明るさは、己の身を敵に身をさらす、つまり撃ってくれということでもある。闇は、おのれの身を隠してくれる安堵の色だ。

乗船場で喜平を待っていたのは、あしかび国の平たい上陸用の船だった。上陸用の船は屋根がなく、身の隠す場がない。屋根はないので、頭を低く伏せながら、「ここまで続いた長い、長い夜間の行軍で、すっかり夜行性動物になってしまったな」と喜平は思った。
まさに「頭隠して尻隠さず」の状態で、湾を渡った十数分間は、生きたここちがしなかった。
ごつんと、船が音を立てた。
「よし」
安堵した喜平であった。

兵に続いて馬たちは別の便の大きな船で渡ってくるはずだが、それまで待てぬ。華港島の上陸に成功した喜平の火砲隊は、すぐに山砲の部材を小舟から降ろしにかかった。兵が手分けして、「次にむけて」運べるとことまで運ばねぶ。
次の作戦とは、こうだ。
火砲兵たちは、歩兵隊に先がけて華港島の市街地を臨む高台に、山砲を運び、山上に砲台を構築する。それを待って、歩兵が、動く。

「がんばれよ」
すでに島に上陸して待機していた歩兵隊から次々と声がかかる。
幸いだったのは、上陸地点のすぐ近くの石油タンクが燃えていたことだった。この煙が煙幕えんまくとなってHYUTOPIA国の攻撃を難しくした。
華港島の上陸地点から近いところに小高い100mばかりの山があった。そこを兵たちは山砲の部品を運ぶ。上まで運べば、その先に続く尾根道は舗装されている。そこからは馬に運んでもらう。
ただ100mといっても、闇のなかを、重い山砲の部品を担ぎあげる。山砲の部品を運ぶには、杖だけがたよりだが、これまでさんざん訓練でやってきたことだ。闇であっても、兵たちは苦も無く登っていく。
「成長したな」
若い兵の姿を見て、喜平は頼もしく思った。

さて次は喜平の番である。やや大きめの船で馬たちは湾を渡ってきた。下船した馬に弾薬や兵の荷物、食料を分けて積み、出発だ。
馬たちも夜間行軍ですっかり闇になれた。怖がらずに、ゆっくりじっくり山の中腹に運び上げる。
山上に着くと、すでに山砲は組み上げられていた。ここからは馬で山砲を引っ張っていく。暗闇のなかを息を潜めて、砲台を構築する目的地へと進む。と、前方ぜんぽうにトーチカが現れた。
「止まれ、攻撃準備」
隊長から声がかかる。
「攻撃開始!」
山砲が火を放った。
闇のなかに、人影らしきものが現れた。両手を挙げている。
「攻撃止め」
HYUTOPIA国の兵たちが投降してきたのだ。
それからさらに進んだが、その後のHYUTOPIA国のトーチカはすべて空だった。

「まちが死んでいる」
それから1時間ほど進み、喜平たちの隊は、作戦通り、華港島の市街地を臨む高台に着いた。
1週間前、都市まちはまぶしいほど明かりがこぼれていた。が、いまは暗闇の底に沈んでいる。眼下の都市まちひとの気配が感じられなかった。
闇に息を潜め、光りにおびえる。
喜平は、ふたたび常ならぬいくさを知った。

12月23日
華港島の市街地を見下ろす小高い山の上に、砲台をえて5日がたった。
そこは、都市まちに飲料水を供給する貯水池が背後にあった。その水源をあしかび国が占めることとなった。
喜平は、高台にありながら、ぽつぽつと入ってくる情報で、おぼろげながらいlくさの状況を知ることができた。
HYUTOPIA国との戦は、膠着こうちゃく状態にある。といっても、にらみあいで「動かない」のでなく、互いに壮絶に討ち合い「一歩も引かない」ようだ。
あしかび国の歩兵隊は、右翼隊と左翼隊の二手ふたてに別れ、華港島の山中に入ったが、とくに、華港島の南の半島を攻めていた左翼隊が、苦戦しているようだった。通信隊に左翼隊から何度も「兵を送れ」との通信が入ってきている、と隊長が喜平に耳元でささやいた。兵と物資を整える役目の喜平には、「足らない」という声は追い詰められた兵の悲鳴に聞こえた。
喜平たち火砲隊がせめてもできることは、歩兵隊が動きやすくするために援護射撃をすることだ。
そうこうするうち、目の前の市街地の道路をHYUTOPIA国のトラックが猛烈なスピードで走っていくのが見えた。
「攻撃開始」
火砲が火を噴く。
トラックの進行方向の前、後ろ、そしてトラックそのものを標的にたまが撃ち込まれた。
道をふさがれた形となったトラックが止まり、HYUTOPIA国の兵が逃げ出し、四方八方に散り散りになる。
「病院は撃つなよ」
トラックの少し前に、赤い十字の看板をかかげた病院があった。
多くのHYUTOPIA国の兵がそこに逃げこんだ。
その後も、何台もHYUTOPIA国のトラックが市街地を一目散に走っていった。そのたびに火砲は火を噴いた。
「どうも、退散を始めたようだな」
隊長がぽつりとつぶやいた。

日が落ち夜となった。冷たい雨が降り始め、夜半頃に激しさを増してきた。
天幕テントに毛布にくるまり寝ていた喜平の背を12月の雨が伝い、眠りが破られた。

喜平は、寒さに身震いした。年の瀬である。
「そろそろ正月の餅をつく準備などをせねばならない時期だが……。子どもたちは元気にしているだろうか?」
わんぱく盛りの男の子4人と末の娘。目が不自由だという、まだ見ぬ娘、早穂をこの腕に抱きしめたい。
喜平は背を丸め、毛布にくるまったが、眠りは訪れなかった。

12月25日
HYUTOPIA国が降伏したぞ」。
その情報が入ったのは、喜平たちの火砲隊が、市街地に向けて総攻撃の準備をしている、まさにその時だった。
その日は、HYUTOPIA国をはじめhyutoposの国々のひとが信じるひとつ神の生誕祭であった。
あしかび国の兵のひとりひとりが、ときの声を上げた。
「長かった」
喜平は、天の中つ国の山中をさまよい進んで来たこの2か月を、そして天の中つ国に上陸してからの2年の月日の長さを思った。
が、それはこのいくさの終わりでなかった。
ことのはを風に伝える小さな神、ほのほつみは、ひろつ流れ海の導き神、姚光子(ヨウコウシ)おとのうてみることにした。

【光の子】
光として その子は生まれた
罪を救うため 希望の光であった
光の生まれた日
星がながれ都市まちは闇に沈んでいた

光を求め その少年は舞い上がった
背につけた羽根は 野望の光であった
羽根が燃え尽きた日
天が怒り 男は地にちた

天上から火を盗み その男はひとに贈った 
仕返ししに神は土と水で女をつくり 男の弟に贈った
女は禁断のはこを開けた
罪は闇にふりまかれ
はこに希望という光が閉じ込められた

ひとはつくづく光の物語が好きだ
罪をくい改めるため?
破壊をもたらすため?
希望を求めて?
ものがたりの結末をだれもしらない

・叙事詩ほのほつみ の物語のあらましは、こちら


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