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徴は天地否なり

ことのはを風に伝える神、ほのほつみは、華港の都市まちのやや北、山の上にある大きな貯水池のほとりの大きな松の古木から、これから今まさに始まろうとしている、ふたつの国の戦のあり様を見ようとしていた。松の古木は、地と天を行き来し、貯水池を護る竜王神(リュウオウジン)の宿りし木。

ときは今、12月11日の夜明けを迎えようとしていた。大陸の東の大国、天の中つ国の南に位置する、輝ける都市まち、華港が眼下にあり、そのさき、湾をはさんで華港島があった。輝ける都市まちの何万という家々や街路の灯は、大いなる日のひみ子の操る陽が上るとともに、ぽつりぽつりと失われていく。


この日より3日前の12月8日、あしかび国は、HYUTOPIA(ヒュートピア)国の国境を越えて華港の都市まちに入り、HYUTOPIA国と戦を始めた。

同じ日、あしかび国はひろつ流れ海のはるか東の洋上のhyutoposの島にも戦をしかけた。その島を領有していたのは、hyutoposのもうひとつの国だった。その国とは、あしかび国からひろつ流れ海の海流がさらに流れつくところ、はるか東にあった。

ひとつ神を信じる国々の連合体であるhyutoposは、かつて世界は丸いきゅうであることを知って以降、球の上に浮かぶ大陸をいくつも見つけてきた。それら大陸は、発見したhyutoposの探検家や王の名が付けられ、その名で呼ぶようになった。
あしかび国が戦をしかけた大陸の国、そう、仮に今、AMERIGO(アメリゴ)国と呼んでおこう。そのAMERIGO国の位置するAMERIGO大陸もまた、冒険家にちなんだ名前だ。が、発見よりも前、そこにすでに暮らしていた民たちがいた。
hyutoposの神を信じるもの達は、もともと大陸に住んでいた民たちを己の下に従わせ、新しき神として、ひとつ神を広め、大陸もAMERIGO大陸と名乗り、そこに新しい国を作った。それがAMERIGO国であった。

あしかび国は、このAMERIGO国が属国としていたひろつ流れ海に浮かぶ島へと奇襲をしかけ、多くのAMERIGO国の船を沈めた。
この日、12月8日、あしかび国の戦は、天の中つ国と同時に、ひろつ流れ海のAMERIGO国への島へと広まった。

あしかび国の王の王が、同朋である大陸の東の民たちを、hyutoposの属国から解放するという大義を唱えて始めた戦は、収まるどころか、とどまるところを知らぬ勢いで広がった。ちょうど農民あがりの火砲兵士、喜平が、天の中つ国に上陸して2年の月日が経っていた。


あしかび国のいにしえの歌に、目の前の敵に対して敵がほろびるまで戦い抜けという、兵を奮い立たせる「撃ちてしやまん」という一節がある。
あしかび国では、このいにしえの歌の一節を合い言葉とし、戦への熱気を盛り上げていた。
ときおり、喜平のもとに、妻、つねから軍事郵便が届く。
その便りに、婦人や学生による竹槍隊たけやりたいが編成され、「撃ちてしやまん」と訓練に励んでいるとつづられていた。
いまごろ長男の喜一は12歳になったはずだ。喜平は戦に出てくるときに見た童顔の喜一が竹槍を持つ姿を想い浮かべることはできなかった。

ことのはを風に伝える神、ほのほつみは、貯水池の松の古木から、あしかび国の兵たちの配列とHYUTOPIA国の配列を見比べていた。

喜平たちのいる貯水池は、華港の都市まちのやや北、山の上にあり、その貯水池は華港のひとびとの命の源だった。
そこに、HYUTOPIA国のこしらえたコンクリート製の要塞ようさい、トーチカ群があった。これらのトーチカは、地下のトンネルで縦横無尽につながり、「ここを落とすのは容易でない」と思われていたが、ほんの1日前、12月10日にあしかび国の歩兵たちが奇襲を加え、すでにそこはもぬけの殻となっていた。
そして、ここを占拠する功績を遂げた歩兵隊は、HYUTOPIA国を追いながら、いち早く華港の都市まちに入っていた。
今、貯水池のほとりには、喜平の属する山砲隊をはじめ、その背後には、山砲よりも大きな火砲を担う野砲隊が準備万端、いつでも撃てる状態にあった。

一方、HYUTOPIA国は、あしかび国の歩兵に追われ、湾をわたり、華港島に逃れていた。HYUTOPIA国の力を合わせ、あしかび国と対峙し、反撃しようというのだ。


ことのはを風に伝える神、ほのほつみは、戦の陣容を眺めながら、2か月ほど前におとなった姚光子(ヨウコウシ)のいる華港島のびょうを思い出していた。
「ひろつ流れ海の導き神で、潮と風の母とひとびとから広く讃えられる神、姚光子さんはこの戦をどう見ているのだろ?」
それが、気になった。
そのときだった。
「撃て」
合図とともに、あしかび国の火砲が一斉に火を放った。
弾は、湾を越え、はるか華港島に向かって放たれた。
孤を描いて飛んでいった弾が華港島の山の上のHYUTOPIA国の陣地に命中し、白い煙が立ち上る。
と、今度は、「お返しに」と、HYUTOPIA国の陣地から火砲がほえる。
HYUTOPIA国の弾のひとつが、ほのほつみのいる松の古木に命中した。
「ひっ」
ほのほつみは空に舞い上がった。空高く舞い上がったことのはを風を伝える神は、松の古木から立ち上る煙を見た。ひとには、一筋の煙にしか見えないが、たしかに、それは地と天を行き来する神、竜王神(リュウオウジン)の上げたひとの世の行く末を占うしるしに違いなかった。

天の中つ国では、いにしえより、天のあり様を亀の甲羅や鹿の骨を焼いて、そこに現れるしるしを読み解いてきた。徴の読みときは、亀の甲羅や鹿の骨以外に、いろいろなものが使われた。
めどぎという霊力を秘めた植物の茎による読みときもそのひとつ。読み解きは、蓍を手にもち、無心に念じ、ぱらっとふたつに分ける。その分けられた数から、陰と陽との単純な組合せが出る。その組合せから天のあり様を読み解くのだ。
ひとの力の及ばない大きな天の行く末、天の道を知る術は天の中つ国から大陸の隅々、さらにひろつ流れ海を越えあしかび国にも広まった。

「天地否だ……」
ことのはを風に伝える神は、竜王神の上げたしるしを読んだ。
ほのほつみは、その徴が、喜平のいるあしかび国の行く末であると同時に、世界に広まったこの戦の行く末であることを知った。

天の道はつねに変化している。星の運行、の運行、さらに陽の力に左右される月の運行は、日々刻々、変わる。そのあり様が天の火、いかづちを起こし、大地に雨を降らせる。
大地に降った雨は、泉を産む。さらに泉は、一筋の流れとなり、川となり、海へと流れる。
はるか昔、その海に命が生まれ、命ある物、生き物たちは動き、地へと広まった。
しかし、ひとは、生き物のなかで特別な地位を占め、万物の主のごとく振る舞うようになった。
万物の主に君臨したひとは、火を自由にあやつる術を手に入れ、火を使って金を産み出した。怖いもののなきごとく、天をべる地位を占めた。しかし、それはいづれは消える幻であったのに……。

いま、竜王神の示した徴、「天地否」は、ようの力が天へと昇りつめ、逆にいんの力が下へ下へと地に籠もっていく、「陰陽相和することがない」ことを示している。
天のあらゆる運行を統べるまでおごり高ぶったひとへの警告である、とほのほつみは読み解いた。
「このいくさの行く末は、地による天への許されざる破壊で終わるのかもしれない」
ことのはを風を伝える神、ほのほつみは、雲に紛れ、天の風にのって舞い上がった。

【赤い哀歌】
赤いは始まりの色
この世に生まれてきたのひとの命
凍えた指さきをぬくめる血潮の色

赤いは怒りの色
大地より吹き上がる地球の命
くろがねを溶かし形を与えるほむらの色

赤いは華やぎの色
恋した少女のくちにさす紅
眠っていたさが灯点ひともす罪の色

赤いは哀しみの色
一個のりんごを巡り戦が始まる
妬みや憎しみが燃えさかり
男たちの血が流され
狂った果てに遺された妻の
夕日に染まって流す涙の色

・叙事詩ほのほつみ の物語のあらましは、こちら

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