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第6話 作戦会議

ガ軍隊ハ  王ノ王 ガ我ガ国ヲイニシエヒラキシヨリ 営々トソノ精神ト共ニアリ
コトニ武士モノノフノ世ノ終ワリシノチ 我ガ国ヲ益々マスマス光輝ガヤカセント 王ノ王 自ラガ軍隊ヲベルトコトヲ決意ス
スナワチワレ 王ノ王 ハナンジノ親ナリ ナンジ軍人ラハ スナワチガ子ナリ 王ノ王 トナンジ軍人トハ 紐帯チュウタイニテツナガレリ
王ノ王 ハナンジハ一身同体ナリ 王ノ王 ハナンジカシラトシテナンジイツクシミ ナンジ軍人ハ ガ身体トシテ 我ガ威信イシンヲ広メヨ コレラガ 王ノ王 ト軍人トノ互イニ相務ムルベキモノナリ

いま初冬の日差しが部屋いっぱいに差し込んでいる。そして、兵らが「軍人ノサトシ」を唱和する声が部屋に響いていた。

あしかび国は、数年前に天の中つ国に戦を仕掛け、その領地を奪っていた。天の中つ国の南の都市の一角にあるこの学校もまた、あしかび国の軍隊に抑えられた。その一室で、これからいくさをどう展開するか、その作戦会議が開かれているところだ。喜平もまた、作戦会議に臨んでいる。
喜平にしてみれば、軍隊に復帰したのは20年近く前のこと。20代で経験した軍隊は、実際に敵とまみえることなく終わった。喜平はいま、火砲兵としてはじめて実戦に臨む。



「実戦とは、どんなものか」
火砲隊の隊長はじめ主立った面々が居並ぶ作戦会議において、喜平の位置は、部屋の一番後ろにあった。

あしかび国が乗り出す前より、天の中つ国はすでに他国に領地を奪われていた。その国とは、そう仮にhyutopos(ヒュトポス)と呼んでおこう。今から100年以上も前のことだ。

hyutopos(ヒュトポス)とは、ひとつの国の名前でない。
その多くの国らは、大陸の西側、天の中つ国の反対側に位置する。
hyutoposという名に集う国の多くは、この世を作ったされるひとつ神を信じている。またhyutoposは、かつて、命あふるる水の星、地球をぐるりと回り、この星が丸いことを見いだした。この星が、海の上に浮かぶ大陸と島々からなることも。
hyutoposは、大陸の東に位置する天の中つ国をはじめ多くの国々にまであまねく力を及ぼした。
天の中つ国は、hyutoposの下、その属国となり、その領土の一部をhyutoposに渡し、天の中つ国にはhyutoposの物やひとにあふれていた。

hyutoposは、ひとつ神の摂理せつりに基づいて世の仕組みを見いだし、その原理に基づいて多くの物を産み出す機械を造り出してきた。
その機械は、地に眠る化石を掘り出し動かした。地に黒々と眠る生き物たちの形、すなわち化石と名づけられた物は、火の源となる。
それらは黒い石を石炭、あるいは黒い液体を石油と呼んだが、それらを使いhyutoposの人らは機械を動かすエネギーとして使った。hyutoposが造り出した多くの物は、多くの労働者を雇うことで、造られた。
さらに造った物は、多くの国に広められ、売りさばかれた。そうした大がかりな機械とひとと物のつながりはhyutoposのひとつ神の信仰とともに広まっていった。hyutoposとは、そうした国々の名であり、その力を表すことばだ。

大陸のさらに東、いくつもの島々からなるあしかび国にも、hyutoposの力は及んでいた。
「勤勉な」と自らを称するあしかび国は、その良い物や都合の良い仕組みを取り入れ、hyutoposと同じく、大陸に乗り出した。

あしかび国あまねべ広めたいくさの大義は、あしかび国の多くの考えや技を広め、天の中つ国など大陸の東にある国々のひとらを、hyutoposの属国の地位から解き放つこと、そのために、あしかび国の王ノ王が軍隊が先頭となって動くことにある、とした。
あしかび国天の中つ国への戦もまた、「あしかび国の 王ノ王 の考えをまずは天の中つ国をはじめ大陸の東の国々にひろめることである」と説いて始められた。
ただし、その考えをあしかび国よりほかの国が同じように望んでいたというわけではない。むしろ、黒々とした火の源にとぼしかったあしかび国の狙いは、石炭や石油などの火の源を我が物のに、という密かな思いがあったことは確かだ。

今日、喜平たち兵士が天の中つ国に上陸したのは、あしかび国の壮大な計画のための小さな一歩だった。
王ノ王 を兵のおさと仰ぎ、己に与えられた責務を命を惜しまずに果たすこと、それが兵としての喜平の務めだった。

喜平が兵として天の中つ国に上陸してからのち、もっぱら防衛を役目としてきたが、いよいと実戦のための軍事作戦が行われることなり、その作戦内容を聞きながら、震えるこぶしをもう一方の手で押さえていた。

作戦のあらましの説明が終わった。
部屋に一瞬静けさが戻った。
喜平もまた、張り詰めた気持ちが緩んだ。
刹那せつな床下で鳴く虫の声を聞いた、と思った。
あるいは錯覚だったか。冬の初めとはいえ、あしかび国で虫は絶えるはずだった。たまに残るものはいることはいるが……。
「ここでは一年中虫が鳴くのか……」
喜平は、虫の音が幻聴でないことを確かめようと、下をじっと見た。
「よいな! 野木曹長、火砲の準備について抜かりないよう頼むぞ!」
上官の強い張り詰めた声に、喜平は我に帰った。
「……はい!」
「大丈夫か、神とたたえられた将軍と字は違うとはいえ同じ名をいただいているんだ。しっかり頼むぞ」
部屋に冷たい笑いが起こった。

火砲とは歩兵を助け、敵の機先を制すること。遠くより狙いを定め、火薬に火をつけたまを飛ばす。弾は狙いに当たると弾にしかけられた火薬により爆発する。
火砲の形は、少しずつ変わってきた。それはすばやく、正確に狙いにとらえ、そして一発で多くのものを壊し、ひとを殺すことができるか。それが国ごとに密かに競われた。

その火砲を操作するために主に3つの役割を担う兵が必要であった。
敵の情報を伝え、弾の発射するタイミングを伝える通信手。
狙いを定め、狙い通りに弾が届いたかを確かめる観測手。
そして、火砲の弾を込め、発射させる砲撃手。
このほか、重い火砲を運ぶのにあしかび国では馬を用いていた。この馬を扱うのが馭者ぎょしゃだった。

喜平が隊長から与えられた役割とは、隊長から指示された作戦を誤りなく実行するために、火砲を操る兵が足りるか。火砲や弾が足りるか、そしてそれを運ぶ馬が充分か。それら準備を事前に滞りなく整えることにあった。
今日こんにちの作戦会議において、大事な一戦の前に、これからしばらくは演習を繰り返し行う、そのことが告げられた。
しかし、火砲隊が天の中つ国のどこで、どのように戦いを展開するのか、その詳細は喜平らにはっきりと伝えられていかなった。それは、敵に情報が漏れることを恐れていたからだ。

【若き母の唄】
ねぇ野に響くトランペットの音が聞こえない?
ゆるやかにささやくように鳴る
そろそろ目を覚まそうって あれは天使のささやきなの? 

ねぇ大空を舞う鳥の姿が見えない?
ゆったりとおおらかに風に乗る
そろそろけんかはやめようって あれは神のしるしなの? 

ひとはなぜ国境を記すの 国と国に線を引くの
だれのため なんのため
ちっとも分からない

鳥のようにひらりと境を超えられたら
今すぐあなたのもとにゆけるのに
あなたの胸に嬰児みどりごを抱かせてあげたい
乳臭い赤子ややこがこんなにもあなたをもとめているのよ

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