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人生で最高の「魔笛」を鑑賞しました!_2024年2月下旬

2月下旬に、鈴木優人&バッハ・コレギウム・ジャパン×千住博による、モーツァルトのオペラ「魔笛」を鑑賞しました。
会場はめぐろパーシモンホール。美術を手掛けたのは、滝をモチーフとした繊細かつ壮大な作品「ウォーターフォール」で知られる、千住博さん。


白い階段が設置された舞台は、薄いヴェールのようなカーテンを引いただけのごくシンプルなセット。背景には湖を囲む森の絵画が映し出されており、プロジェクションマッピングにより枝々が風に揺れていました。

「序曲」とともに雨が降り始め、まもなく嵐になる。森が激しく揺さぶられると、次第に鎮まり、再び森が輝きを取り戻したところで物語が始まります。

驚いたのは、雨が降っていう間じゅう、オーケストラの演奏とともに雨の音が静かに聞こえていたことでした。最初はモニターの音が漏れているのだと思っていました。
でも、違ったのです。
後半にあるタミーノとパミーナが水の試練を乗り越える場面でも、オーケストラピットの中で滴り流れる水音を作っていたのです。

■キュートすぎる! 大西宇宙(バリトン)のパパゲーノは主役級!

特筆すべきはパパゲーノ役の大西宇宙さん(バリトン)の表現力です。
今回の「魔笛」の主役であったと言っても過言ではないでしょう。
艶のある低音とのびやかな歌唱の素晴らしさはさることながら、何と言ってもコミカル炸裂なキャラクターがキュートすぎる!

これまで私が見た「魔笛」ではそうでなかったと記憶しているのですが、本作で大西さんは鳥刺しの笛をご自分で吹いていて、時おり「チャルメラ」のメロディで会場を沸かせていました。

また、舞台に寝転がってピットに顔を近づけると、グロッケンシュピールの前に座っている鈴木さんに話しかけ、そのまま二人で漫才のようなやり取りを繰り広げていました。

たとえばパパゲーノが魔法の鈴を鳴らそうとするシーンでは、鈴木さんがボウルを差し出して演奏料をパパゲーノに請求する1コマもあり、たくさん笑わせていただきました。

「マエストロ! 次の公演でもやるからね!」
 
言うまでもなく、その”くすぐり”が作品の品を下げることは微塵もなく、むしろ
「モーツァルトのオペラの楽しさって、こういうことですよね!」
と、本質を味わえたように思います。

お調子者のパパゲーノは舞台上を駆け回るだけでなく、客席にあらわれて、歌いながら舞台に上って行く場面もありました。

2幕のアリア「恋人か女房がいれば」がそれで、舞台の背景には色とりどりのクレヨンで子どもが書いたような文字が流れ続けて、パパゲーノの紹介がなされていました。

「ねんれい、28さい」
「かのじょいない」
「すきなたべもの、やきとり」
「かのじょ、ずっといない」……etc。

こんなにお茶目な映像を背負って聴かせる歌唱の迫力は圧倒的で、美しさに心が震えて涙が溢れました。

客席から何度も子どもの笑い声が上がったほどのコミカルさと感動の渦は、バッハ・コレギウム・ジャパンの「魔笛」が私の人生で最高だと感じた大きな理由の1つです。

■娘を愛する一人の母親として描かれ、許された夜の女王

今回のラストシーンは、通常の「魔笛」とは真逆のものでした。
つまり、敵対していたザラストロと夜の女王が和解したのです。

「現代に上演するということは、現代の人たちに誤解されないようにモーツァルトという天才を生き返らせるということが必要だと思うのです」

こう公演パンプレットのインタビューに答えた千住さんは、「筋書を深くとらえて光を当てていく」一例として、ザラストロに「拉致された娘を返してほしいと言っているお母さんを地獄に放り込んでハッピーエンドというのは許されない展開だと私は思っています」と語っています。

そして「実際によく読み解くと『許す』という言葉も出てきて」いることから、今回の展開に「軌道修正」したそうです。

私は本作の夜の女王に対して、とても華奢だという印象を受けました。
モルガーヌ・ヘイズさんが小柄だということもあるのですが、悪魔を彷彿とさせる角や鋭い先端をもつ王冠はなく、巻きながら結い上げたヘアアレジメントに角の名残がある程度。

言うまでもなく「夜の女王のアリア」は聴きながら喜びに震えるような歌唱でしたが、その直前までパミーナを抱きしめていた彼女の細い肩には、ザラストロの殺害を指示したのは復讐のためというよりも、パミーナの安全を守るためではあるまいか--。そんな、母親の愛が垣間見えたのです。

個人的な好みとしては、有無を言わさぬ迫力で一瞬にして世界を漆黒の闇に染め上げるような「夜の女王のアリア」が好きなのですが、今回の演出も好ましく、腑に落ちるものでした。

■脇を固める歌手たちも輝いていた、BCJの「魔笛」

「魔笛」はドイツ語のオペラなのですが、本作ではセリフの中に突然日本語が差し込まれるなど、随所に楽しさがちりばめられていました。

たとえばパミーナを救い出すべくザラストロの城に向かおうとタミーノが決意する場面では、尻込みするパパゲーノを励まして、イルカー・アルカユーレックさん演じるタミーノが一括。
「男だろ!」
そのたどたどしさ(失礼)はなんども微笑ましく、ピリッと効いたシカケが客席に笑いを起こしました。

パミーナももちろん素敵でしたが、脇を固める歌手たちも輝いていた本作。
出役や奏者はさることながら映像担当や演出家など、たくさんのプロフェッショナルが集結していたように感じます。
たとえば客席に出てくる(または駆け回る)歌手は数名おり、新国立劇場ほど舞台に奥行きがないパーシモンホールだからこその楽しみを体験させてくれました。
マイナスであろう点を付加価値に変える発想力に、ただただ敬意を抱きます。

前述したインタビューで「モーツァルトの世界観に対応して、ありえないくらい神秘的にしたい」と話す千住さんや、「今回この《魔笛》を演奏することは、自分の中で、最晩年のモーツァルトの創造性に近づくという興奮が」あると語る鈴木さんの言葉の通り、イマジネーションに溢れる、最高の体験でした。

天井付近にぽっかり空いた穴から顔を覗かせているように見えた、3人の童子のシーンだけは、闇の中で顔に下からライトを当てていることもあって、最初は悲鳴を上げてしまいそうなほど怖かったのでしたが(#^^#)。

会場で千住博さんと鈴木雅明さんをお見かけしたことも含め、私の人生に、バッハ・コレギウム・ジャパンの「魔笛」があることを、心から感謝します。

【ききみみ日記】
★今回で投稿145回目になりました★
オペラ・クラシック演奏会の感想をUPしています。是非お越しいただけますとうれしいです。
(2022年10月10日~2023年1月15日まで101回分を毎日投稿していました)





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