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アンドベースは、制度の狭間にいる女性たちの受け皿になる――生活相談員 浦越 有希

 今年で法人設立から13年目を迎えたHomedoor。
相談者数は相談支援を開始した2014年度から比べると約10倍となりました。

 また、相談者は路上生活中の高齢男性が大半であった当時と比べ、現在は10~30代が相談者の約半数となり、4人に1人が女性の相談者へと様変わりしています。加えてここ数年、家族単位での相談も以前に比べると目立つようになっています。

 今年7月、増える相談者数と変化していく相談者層を踏まえ、新しい支援の形を模索するため、24の個室を擁する新たなシェルターを開設しました。
その名もインクルーシブシェルター『アンドベース』です。

 アンドベースの対象者は大きく3つ。若者、母子を含む女性、そして高齢者・障害者です。今回は女性相談者への支援について、生活相談員である浦越にインタビューを行いました。

浦越 有希 
認定 NPO 法人 Homedoor生活相談員(社会福祉士)。 広島大学大学院総合科学研究科修了。修士課程では、貧困層・低所得層の支援団体と関わり、 ソーシャルアクションを学ぶ。修了後は無料低額診療を行う病院に勤務。2021 年 10 月より Homedoor にて相談業務に従事。


― Homedoorの女性相談者の割合は?

 Homedoorに来られる女性相談者の割合は、相談支援を開始した2014年度は7%でしたが、年々増加傾向にあり、2019年度からは毎年、相談者全体のおおよそ4分の1が女性です。

相談者の性別(2022年度)

 女性相談者の割合が増加した背景は多々あると捉えていますが、2018年に個室型の宿泊施設『アンドセンター』をオープンし、住まいを失った方がすぐに泊まれる場所を用意したことが大きなきっかけの1つになったと思います。
 また、代表が女性であることや様々なSNSを利用して情報発信をこまめにしていることも、相談へのハードルを下げているのかもしれません。

― 女性相談者は、どのような背景をお持ちですか?

 様々なことがありますが、家族やパートナーからの抑圧・暴力など、同居者との関係悪化により住まいを失う方、失う恐れのある方が多いように感じます。住まいを失う不安からこれまで家族の元にいたが、これ以上その家に居続けることはできないと、とにかく持てるものだけ持ってHomedoorに相談に来たという女性もいます。
 実は、女性からの相談は、「家はある」状態の方の割合が男性よりも多い傾向にあります。家族との関係がうまくいっておらず住まいが安全な場所ではないものの、行く当てがなく家に留まらざるを得ない方が、Homedoorへの相談につながっていない女性でも、多くいらっしゃるのではないかと思います。

 また、元々家族関係が悪くて頼れる実家がなく、寮付き派遣の仕事などを転々としてきたものの、体調の悪化などで仕事と住まいを失い、Homedoorに相談に至った、という方も一定数を占めます。これは、Homedoorに相談に来る若い男性相談者の方の傾向とも類似しているように思います。

 それから、性風俗で生計を立ててきたけれど、体調を崩したり、年齢を重ねたりすることで収入が減り、家賃の支払いができなくなったという方もいらっしゃいます。

―現場で感じる公的な資源の課題や現状は?

 行政には、女性に関する様々な相談に応じる婦人相談所があります。婦人相談所は各都道府県に必ず設置されており、身の危険がある、帰住先がないといった女性に対する一時保護の支援もあります。2週間程度の一時保護を経て、中長期的な支援が必要と認められる場合、婦人保護施設等への入所という流れを取ります。

 しかし、Homedoorに相談に来たある女性で、Homedoorへの来所前に役所で相談したにもかかわらず、公的な支援にはつながらなかったという方がいました。その理由を聞いたところ、施設入所を案内されたものの門限があることや集団生活になること、携帯電話が使えないことから入所は希望しなかったと語っていました。

 施設にはDV被害により生命の危険が及ぶほど危険な状態にある女性も入所するので、加害者の追跡を逃れるために携帯電話が使えないなどの制限があります。また、集団生活になり、門限など様々なルールがあります。
 このような厳しい制約から、本人の同意が得られず一時保護につながらないケースがあることは、婦人保護事業の支援実態等に関する厚生労働省の調査でも明らかになっています。

厚生労働省、2018、「「婦人保護事業等における支援実態等に関する調査研究」「婦人保護施設における性暴力を受けた被害者に対する支援プログラムに関する調査研究」報告書(平成30年3月)
https://www.mhlw.go.jp/stf/seisakunitsuite/bunya/0000212859.html

 この調査でもう1つ注目したいのが「婦人保護施設入所につながらないケース」です。ここで理由として挙げられている内容には、同意が得られないということもあるのですが、「退所後の見通しが立たないため」「就労自立の見込みが立たないため」といった選択肢の割合も一定数あります。この回答からは、対応する側が、このような見通し・見込みがないと「入所させられない」と考えていることが伺えます。

厚生労働省、2018、「「婦人保護事業等における支援実態等に関する調査研究」「婦人保護施設における性暴力を受けた被害者に対する支援プログラムに関する調査研究」報告書(平成30年3月)https://www.mhlw.go.jp/stf/seisakunitsuite/bunya/0000212859.html

 こうして婦人保護施設入所につながらなかったケースのうち、その後の行先や支援状況で把握されているものは46.9%と半分程度だそうです。把握されていない残り半分のケースの方がどのようになったのか、もっと間口の広い支援施設があればそうした方も支援につながったのではないか、と考えてしまいます。

 それから、子ども期より親による暴力があったものの、児童相談所などに繋がらないまま成人した18歳〜20代くらいの人の状況はより複雑です。そういった方が親からの暴力等から逃れたいと思った時、児童相談所は年齢で対象外となり、婦人相談所でも配偶者からの暴力ではないことから適切な対応がなされない場合があります。そして相談できる機関がないと、制度の狭間に落ちてしまいます。

 以前、親の暴力から逃れてHomedoorに相談に来た20代の女性の対応について相談するため、婦人相談所に電話をしたのですが「(配偶者ではなく親からの暴力は)専門外だから、どういった対応ができるか……」と言われてしまうことが実際にありました。

 経済的に困窮されている方の場合、公的扶助である生活保護の利用も可能です。しかし、役所に相談することに対して不安を感じている方も多いです。たとえば、性風俗に従事してきた女性の相談者は、その仕事について見下されたり、「まともな仕事につきなさい」と言われたりするんじゃないか……と何度も不安を口にされていました。この方は今後もなるべく収入を得るため性風俗で働くことをきっぱり辞めるとは思っておらず、また「自分にできるのはこのような仕事だけ」と考えていたため、それを否定されることに強い恐怖心があったのではないかと思います。

 もう1つ、生活保護の利用に際し、大きな不安になるものがあります。相談者全体でみると家族関係は断絶している方が多い傾向にありますが、女性の相談者は、家族との関係が完全には切れていない方が男性の相談者よりも多いように感じます。そうした方が生活保護の利用を検討する際、非常にネックになることが、役所から家族に援助できないか照会をかける「扶養照会」です。

 「(生活保護を利用することが)家族に知られたら、うちら『終わり』だよね」

 性風俗に従事していたある女性は、似たような状況にある女性と、こんな話をしながら続けていたと語ってくれました。この方は家族とは長らく離れて暮らしているものの、ちょっとした相談はできる関係です。しかし家族は経済的に苦しくわずかなお金でやりくりしており、また生活保護に対する強い偏見を持っていることを、この方は見聞きしていました。そのため、扶養照会がいってしまうと家族から見放されて孤立してしまう……という強い不安を抱えていました。

 住まいや仕事といった生活基盤が不安定な中で、家族とのやり取りが精神的な支えになっている方もいます。逆に、家族が過干渉で支配的なゆえ、その人の望む生活ができず精神的に追い詰められ、家族とは一定の距離を取って生活をすることを選ぶ方もいます。家族関係は一様ではなく、複雑だからこそ頼れなかったり、今後の関係を合理的に考えて頼らないことを選択したりして、支援団体への相談に行きついています。そんな状態にある方が、家族に援助できないかと連絡されてしまうのは、家族関係に関するこれまでの様々な努力を水の泡にされるようなことだと思います。

 扶養照会は生活保護の要件ではなく、事情に応じることになっていますが、残念ながら福祉事務所で適切な対応がされていない場合もあり、生活保護の申請にあたって大きな不安材料になっています。この問題はこれまでも様々に指摘されているところですが、現場にいると、理念的には健康で文化的な最低限度の生活を保障するためにあるはずの生活保護が、この運用のために最低限度を下回る生活に人々を押し留めるものになっていることを痛感します。

ー 新施設『アンドベース』が必要な理由とは?

 宿泊施設『アンドセンター』の運営を開始した2018年、行政の女性向けシェルターもあるため、ここまで女性の宿泊希望のニーズが高いと想定していませんでした。そのため、女性専用フロアを設置できる建物の構造になく、宿泊を希望される方には了承いただいた上で宿泊してもらっています。

 また、『アンドセンター』の1階にある団らんスペースは、基本的に誰でも来所できるオープンな場所で、ホームレス状態にある人、新規の相談者、アンドセンター宿泊者、卒業生、寄付者など、様々な方が様々な目的で来られます。そのため住所は一般公開されています。

個室型宿泊施設「アンドセンター」と相談者に無料で食事をご提供している「おかえりキッチン」

 こうしたアンドセンターのオープンな性質上、家族の暴力などから逃げて来た女性を、Homedoorで受け入れてしまっていいかという迷いも抱えながら、これまで対応をしてきました。

 また、子ども連れで相談に来たいという方には、アンドセンターが単身用の部屋となっているため、受け入れを断らざるを得ませんでした。子ども連れとなると、緊急性も非常に高いため、お断りするというのは断腸の思いでした。

 なにより、家族関係の不和、不安定な就労、多重債務、暴力被害、精神疾患、障害……などと複合的な困難を1人で抱える女性に対し、アンドセンターでの短期間の滞在は、できることが限られていました。関係性を築きながら中長期的な支援が必要だと感じる方と、引っ越したあと連絡がつかなくなるということもあり、忸怩たる思いを抱えていました。

 安全の守られる建物で、女性専用フロアを準備して、子ども連れで相談があったとしても受け入れ態勢を整え、再出発に向けて十分な対応をしていきたい……そんな思いが『アンドベース』開設の1つの動機になっています。

― アンドベースの期待される役割とは?

 女性からの相談を振り返ると、家族との関係や性風俗等の仕事などについて、悩みながらもその場その場で相談できる人に相談し、その人がその時に可能な選択をして生き延び、その中でHomedoorへの相談に辿りついているように感じます。そのため、今後の生活についても、家族との関係をすぐに整理したり、これまで続けてきた性風俗の仕事をいきなり辞めたりという意思が、相談時点では固まっていない方も当然いらっしゃいます。そうした意味で、「退所後の見通し」を相談時点から確定させることは、困難であることが自然であるとも感じます。
 そうした「ゆらぎ」のなかにいる相談者が、そんな中でも相談してくれたということをまずは受け止め、安心安全にいられる場所、そしてこれからの生活のことを様々に相談できる人(相談員)がいる環境、それから新たなチャレンジをしてみる時間を提供できるのがアンドベースだと思います。

 アンドベースは、中長期的な滞在を想定しているので、これまで目の前にある選択肢から限られた行動をすぐに取らざるを得なかった方が、落ち着いて今後の生活のことを考える場所にできたらと考えています。
 そして、アンドベースを出たあとでも小さな躓きがあれば気軽に相談しようと思えるような関係性をつくり、困難な状態にある女性の生活再建に貢献できる取り組みを展開していきたいです。

年次報告会2023@東京にて、元相談者の女性と

 アンドベースは制度の狭間にいる人たちのサポートを行うために、新たに立ち上げたシェルターです。公的な支援が届きにくい人たちに住まいや食事を提供し、社会福祉士やキャリアコンサルタントなど専門の資格を有するスタッフがこれまでの状況を伺いながら、生活や就労のサポートを行っています。

 相談に来られた方は生活困窮状態にあるため、シェルターの運営や生活支援にかかる費用は個人の皆様、企業の皆様からのご寄付によって支えられています。

 アンドベースは24の個室があり、継続的な運営を行うには新たに3,000人のサポーターが必要です。毎月1,000円からできる継続的なサポートをしていただける方を募集しております。ぜひアンドベースを支える1人になっていただけると嬉しいです。以下の特設ページよりご寄付いただけます。



お読みいただきありがとうございました。いただいたサポートは、生活にお困りの方への支援として使わせて頂きます。