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【短編小説】月夜影に棲まうもの《1》始まりの罠  

こんにちは、宍戸晴礼です。
夏なので、怖い話を創作してみようと思い立ちました。
憧れの、連載形式で投稿を始めます。どこまで続けられるか、分かりませんが(こちらも怖い)、とにかく開幕です。

《1》始まりの罠

 がぎり、と美傘の胸が跳ねた。
 今まで聞いた事の無い、それでも、そうとしか聞こえない音で心臓が脈打った。心拍数が急上昇する。

 胸に手を当てると、危険を感じるほど鼓動が伝わってくる。これ以上、続くと命が危ういかもしれない。逃げないと。今すぐ、走らないと。

 頭では分かっていた。体も動き出す用意はできている。しかし、あの暗がりから目が離せない。首筋が冷たくなる。呼吸も浅い。

 何がいるのか。いや何も見えない。夜だからではなかった。月光の影の中だからでもない。目に見えないだけで、目の前にいる。

 そんな不気味で不確実なものを、美傘の五感以外の感覚が察知している。純粋な恐怖に体が包まれてゆく。

 なんで、こんなことになるの。ただ、天文部の観察会に参加しただけなのに。
「あああっ……」
 痺れる肺から、無理やり呼気が漏れた。

 ◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇

 岸名美傘が、オリオン座流星群の観察会に誘われたのは、夏も終わり涼しくなってきた、ある日の放課後だった。十月に入って、二週間ほど経っている。

 ホームルームが終り、美傘が帰り支度をしていると、前の席に座る、観月沙保里が振り向いた。ショートボブで、意志が目に宿るタイプの女子だ。

「美傘、流れ星に興味ないかな」
「うううん、見たことが無いという点では興味あるけど」
 美傘は、胸まである黒髪を触りながら答えた。顔はふっくらとした印象だ。

「本当?」
 沙保里は、嬉しそうな顔を見せた。彼女は、天文部に所属している。これは、入部の勧誘だな。美傘は、そう見当を付けて、うまく断る方法を頭の中で探し始めた。天文部は、少人数で廃部寸前らしい。確かめては、いないが。

「ただ、見たいかと言えば、そうでもない」
 美傘は、ごめんね、のニュアンスを入れつつ、最後の方を強調した。

「ええと、今度の日曜日だけど。時間は……」
「あれ、話聞いてる?」
 わざと話を進める沙保里へ、暗い声で応対する。お笑い好きの沙保里は、時々スカシを入れてくる。まあ面白いから、いいけど。

「駄目かな」
「駄目じゃないけど、急に言い出すには、理由があるんでしょ」
「へへへ、実は困っていて」
 沙保里は、話し始めた。

 天文部の活動として、次の日曜日の夜に、オリオン座流星群の観察へ行きたい。

 流星群とは、宇宙空間に漂うチリの中を、地球が通り抜けることにより、多くの流れ星が発生する現象だ。
 これは、一年の内で、発生月日が計算により割り出されている。十月は、オリオン座方面を頂点として、降りそそぐようだ。

「だから、次の日曜日って訳か」
「そう。一時間で十個くらい流れるよ。願い事をするには、十分でしょ」
「何も困ること無いじゃない」
「それは、顧問の先生の……」

 天文部の顧問は、物理学の浅沼先生だ。部の郊外活動には、必ず同行している。奥さんが妊娠中との情報は、美傘も知っていた。

「出産予定日が、早まってね。日曜日に重なってしまって、同行できないんだ」
「なるほど。それで、なんで私なの。機材運びの人手不足とか?」

「それも、あるんだけど。今回行く観察ポイントって、ダム湖の側なんだ。稲代高校天文部秘伝のポイントでね。人がいなくて、視界良好。ここ見つけた先輩に感謝だよ。これ、部外秘だからね。滅茶苦茶たくさん、星が見れるからさ」

 沙保里は、早口で説明する。部活動に入れ込んでいる姿は、美傘に羨望を感じさせた。今のところ、興味を引く部活動は無く、好きなのはマンガを読むことくらい。成績は上位にいるから、なんとなく勉強に力を入れている。物事に熱心な他人を目の前にすると、自分の空虚さを実感する。

「で、まだ困った内容に辿り着かないけど」
 切り出しにくい事があるんだな、と気付く。美傘は、腕を組んだ。
「もう、白状しなさい。言いにくい、お願いがあるんでしょ」

「おお、さすが風紀委員。よく気付いたね」
 口角を上げた百点の笑顔で、沙保里は応えた。そして、頭の上で手を合わせた。
「車を出してほしいって、お父さんにお願いできないかな」

 観察ポイントは、山奥のダム湖だ。街中に住む、沙保里や他の天文部員が自力で行くには、バスを乗り継ぐしかない。それに、星空を観察した後、帰ろうとしても、すでにバスの運行は終わっている。今までは、浅沼先生が車を運転して、移動していたので、今回はピンチのはずだ。

「美傘の家の車は、大きくって、七人乗れるでしょ。機材もたくさん積めるし」
 沙保里の手は、いいね、のハンドサインをしている。この、臆面の無さが、美傘には羨ましい。

 美傘の父親はアウトドアが好きで、二ヶ月に一度はキャンプ場に出掛けている。美傘も、それに付き合うこともあった。夏休み中の日帰りキャンプには、沙保里を誘ったので、車のことを知っていたのだ。

「浅沼先生の奥さん、優美さんは、めっちゃ良い人でさ。出産のときは心細いだろうから、先生に付き添ってほしいんだよね」
 美傘は、沙保里の心遣いが分かった。そんな理由なら、余計に断ることはできない。

「いいよ。お父さんに、頼んでみる。すぐ、チャットを送るよ」
「ありがとう。よっしゃあ!」
 沙保里は、無理やり美傘と握手して、大きく振った。

「それから、美傘も真面目に参加するんだよ。入部届、準備しておくからさ」
 美傘は、複雑な表情になった。あれ、そんな話だったけ。沙保里の目が笑っている。

 スマホが振動した。ついさっき、送ったばかりなのに。父の素早い返信に驚いた。
「あ、お父さん、OKだって」
 沙保里は再度、いいね、と親指を立てた。

 何だか、うまく運びすぎて、嫌な予感がする。超自然的な力で、周囲を固められたようだ。沙保里の仕掛けた罠に、嵌まったのかもしれないな。美傘は心の中でつぶやいた。
(つづく)

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