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11:不真面目

 「何もしてなかった?」

予想外の答えだった。彼女のことだから、てっきり花を眺めたりして過ごしているものとばかり思っていた。

「うん。何もしてない。しいて言うなら、色々考え事してたかも。」

「考え事?何を考えてたのさ。」

「これ以上は例え葵葉くんでも教えてあげません。」

悪戯な笑みを浮かべて彼女は答えた。僕自身も無闇に人の悩みに付け込もうとは思はなかったので、これ以上は聞かなかった。そんな時、誰かが扉を開け、中へ入ってきた。

「あれ、葵葉だけかと思ったら、弥生ちゃんもいるなんて。二人とも、おはよ。」

教室に入るや否や、僕らにさわやかな笑顔で挨拶をした男の名は葉月蓮。僕の唯一の友人である。来月の文化祭に備えて軽音部は朝練を始めたようで、どうやら彼もそれに参加してきたようだった。

「お疲れ。朝から大変だね。」

「まあ、来月までの辛抱さ。忙しいけど楽しいしな。ところで、二人は何話してたんだ?ここへ来るとき少し話し声が聞こえたから気になってさ。」

無垢な顔つきで彼が答えると、桜木がそれに応じた。

「休みの日に何してたのかって話してたの。ね、あお・・・・・・睦月くん。」

「え、ああ、うん。」

「そっか、案外普通の会話してたんだな。」

普通じゃない会話が何か教えてほしいところだが、蓮が教室に入ってきた後に続々と人が増え始め、時刻はホームルームを示していた。鐘がなると同時に担任が現れ、僕らは会話を中断し、無益な時間を過ごすことになった。

「・・・・・・はい、話はおしまい。それじゃあ、進路調査票を持ってきてくれるかな。」

失念。そんなもの存在すら忘れていた。まあいいか、覚えていても白紙で出してるから。そんなことを考えていたら、後ろから桜木が小さな手を伸ばしながらそれを渡してきた。僕はそれを受け取り、自分の白紙の調査票を半分に折りたたんで中身が見えないようにして蓮に渡した。蓮は訝し気な表情で僕を一瞥し、何も言わずにそれを受け取った。

 全員分の調査票を回収し終えると、担任はどうもありがとうとだけ言い残し、いそいそと教室から出ていった。入れ替わりで一限の授業を担当する教師が中へと入り、休む間もなく僕らは授業を開始する。最初の科目は数学。苦手ではないが得意でもない。どのみち退屈なことに変わりはないため、僕は机に突っ伏して夢の世界へ入ることにした。僕の行為を咎める者は誰もいなかった。外は未だ激しい雨が降り続け、渇いた地面に軽やかな音色を弾ませながら打ち付ける。僕はその音を聴きながら段々と意識を現実から遠ざけた。

 

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