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15:やっぱり君は

 ベッドから起き上がって、鞄の中から携帯を取り出した。画面を確認すると、そこには見覚えのある名前が表示されていた。同時に、僕の頭の中では一つの疑問が生まれていた。その子がなぜ僕の連絡先を聞き出したのか、それが僕にはわからなかったのだ。兎にも角にも、電話に出ることでしか答えは見つからないと考えた僕は、耳元に携帯を近づけ、着信に応じた。

「もしもし。」

「もしもし、葵葉くんですか?桜木だけど。」

声の主は桜木弥生。最近僕の学校に転向してきた少女だ。彼女には僕の連絡先を教えたことはなかったはずだが、誰が教えたのか、大方の検討はついていた。

「びっくりした?ごめんねこんな遅くに。放課後に、葉月くんから連絡先教えてもらったんだ。」

予想は的中。僕の方からわざわざ聞くまでもない。というか、僕が聞きたいのはそこではない。

「時間のことは気にしないで。ところで、どうして僕の連絡先を?急ぎの用事かな。」

「単純に知りたかっただけだもん。ひどいなぁ。まぁ、葵葉くんに聞きたいことがあるのも事実だけどね。」

彼女が僕に一体何を聞こうというのか、正直今の僕に考える力は残っていなかった。そんな時、僕の体が少しずつ熱を帯び始めていることに気付いた。

「でも、なんだか葵葉くん元気ないみたいだから、今はそっちが最優先かなぁ。」

「僕、元気ないって言ったかな。」

「言ってなくても、声の調子でなんとなくわかったの。ねぇ、もしかして放課後に何かあったの?」

 僕は彼女に全て話した。放課後の一件、両親との冷め切った関係、そして自分のこと。彼女はそれを何も言わずに聞きいてくれた。今はその優しさがありがたかった。一通り話し終え、桜木が口を開いた。

「やっぱり、葵葉くんは私に似てる。」

「僕が?君と?」

「うん。お母さんのために頑張って、それでも認められなくて、諦めてしまったところが私にそっくり。」

彼女はそう言って、自嘲気味に笑ってみせた。僕は何も答えられず、電話越しに二人は黙り込む。その間も、熱は絶えず僕の体を蝕んでいった。

 しばらくして、僕は先ほどの彼女の発言を思い出し、彼女に尋ねた。

「ねぇ、さっき僕に聞きたいことがあるって言ってたけど、何?」

「え?あぁ、うん、それね、やっぱりまた今度でもいいかなって。夜も遅いし、葵葉くんも休んだ方がいいから。」

 時刻は十一時を示していた。一体どれだけの時間彼女と話していたのだろう。気がつけば蓮にも話していないようなことさえ、彼女には話してしまった。そんな気がする。常に周りの視線や環境に気を遣いながら暮らしていた僕が、そのしがらみから解放され、夢中になって会話を楽しんでいた。彼女が僕にそうさせたのだ。僕は自分の行為がにわかに信じられなかった。

「……やっぱり、君はすごいね。」

「ん?今何か言った?」

「いいや、なにも。そろそろ寝ようか。」

「うん、そうする。葵葉くん、ちゃんと休むんだよ?わかった?」

「わかりました。」

「よろしい。それじゃ、おやすみ葵葉くん。」

 僕がおやすみと言い終えてから、桜木は電話を切った。僕は携帯を机にある充電ケーブルに差し込んで、そのままベッドに倒れ込んだ。身体の自由が熱によって徐々に奪われていく。これは疲労によるものか、それとも別の原因か。今の僕には考えることさえ苦行と化していた。

「明日、学校行けるのかなぁ…」

その言葉を最後に、僕の意識は段々と途切れていった。




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